なんと、2年半ぶりの記事UPです…!

 

いつも読んでくださっていた方々、

大変なご無沙汰、本当にすみません🙇

(忘れられていても仕方ないのです💦)

 

たまたま見てくださった方、

有難うございます🍀初めまして😊

 

 

 

突然ですが、

 

 

この度、50歳で早期退職し、

4月から専門学校に入って

漫画家を目指すことにしました。

 

コロナ禍による仕事の激増、

トリプル介護の開始、

早期退職年齢に達したこと等で

一念発起しました!

 

 

極端から極端へのジェットコースターが

デフォルト機能の発達障害とはいえ、

もちろん、思い付きだけで決意

できるほど簡単ではありませんでした。

 

 

30年近く勤続しながら

凡ミスが絶えないポンコツ職員で、

「何年も勤めているのに

こんなことも出来ないの??」と言われ

(または自分の内なる声にどやされ続け)、

ずっと自己肯定感が限りなく低い状態で

何度も退職を考えましたが、

「でもこんな年で発達障害者の自分を

正職で雇ってくれるところなんてあるわけない。

それに家のローンとかあるし…」と

しがみついてきました。

 

 

なにより、生業としてやっていけるか何の保証もない。

 

 

それでも、なんでこの年で

そんなギャンブルの

ようなことを始めることにしたのか。

 

それについては、

暑苦しいまでの決意表明をコチラ↓に載せております。

 

コピペをこの下にも貼りますので、

どちらからでもご都合の良い方で

お読みいただけると幸いです

 

 

 

 

初めまして。出戻り腐女、50歳から漫画家修行します。

 

30年近く勤続した仕事を辞め

退職金をつぎ込んで、

4月から専門学校で漫画家を目指す

50歳の挑戦のリアルタイム記録です。

 

 

なんでこの年でそんな無謀なことを

始めることにしたのか。

 

 

漫画家になるのは幼少期からの夢でしたが、

高校卒業時に才能が無いのを理由に一度諦めました。

 

自分より桁違いに絵もストーリーも上手い

下級生の入学に打ちのめされ、

すべての漫画道具を捨てて。

山月記ですね。

 

いやそもそもそれ以前で、

才能のなさを努力で補うこともせず、

勝負の土俵の端にすらついてなかったんですが。

 

 

その後の28年の社会人生活の中、

ままならない現実も思い知らされながら、

親友や祖母や元同僚等の突然の死、

長い家族の確執と親の離婚、

障害の自覚と診断などを経て、

自分の中に、死ぬまでにどうしても

形にしたい漫画の構想が膨れ上がっていきました。

 


漫画でしか表現できないもの。


大切な人を失った人が

喪失の傷から再生する物語、

母と娘の和解、贖罪、

異なる他者との共生など等。


それによって少しでも誰かの助けになりたい…と。

 

 

 

高校卒業時に諦めて以来、

挫折感と敗北感から書店の漫画

コーナーすら寄り付けませんでした。

 

煌めくような才能と技術への羨望、

どうやっても追いつけない絶望と

嫉妬に炙られるようで、

漫画を読みたいのに正視できない。

ごく限られた雑誌を立ち読みするのに

とどめようと思いながら、

 

それでも手が空くと気が付くと

絵を描きつけている。

その度に「それが何になるんだ」と

抑え込む、という不毛な繰り返しでした。

 

 

 

 

転機となったのは、2年前、

あるドラマにのめり込んでから。

 


そのドラマのファンが集うSNS上で、

2次創作とは思えない緻密な絵を

描く人に出会い、絵や創作を巡って

深く対話する機会を得ました。

 


「描きたいと思う気持ちがあるなら

描き続けて。技術は関係ない。

思いを込めて描き続ければ

伝わることがある」と、

「鉛筆1本の奇跡」という道を

示してくれた精神的な師匠を

得たことに背中を押されて、

30年ぶりに創作を再開。

 

 

それまでのストーリー漫画歴は

高校時代の最大16P。他は

未完だらけだったんですが、

熱に浮かされたように38P完成させ、

勢いのまま初の本格的同人誌を

80P超で発行。

 

 

 

この段階で「描かないと

生きられない自分」を痛感させられました。

 

 

 

この2年間で、2次創作のお陰で

ストーリーや人体が描けるように

なって250P以上仕上げ、

オリジナル漫画のネームも

累計200P切りました。

 

手に届く具体的な目標に

なんとか手繰り寄せるところ

までは来た訳です。

 

 


しかし試算した結果、

技術力と時間の絶対的不足のため、

フルタイム勤務を続ける限り

オリジナル漫画を死ぬ迄に

完成させるのは不可能と判明。


当初、専門学校に土日だけ

通学することも考えましたが、

時間的体力的に無理がありました。

 

 

 

 

決定的だったのは、2020年の

新型コロナウイルス感染拡大と、

実父や義母の介護が始まったこと。

 

 


自分だっていつ倒れるか、

いつ死ぬかわからない。


後悔だけはしたくない。

 

 

 


今しかない。

 

 

 


早期退職して漫画一本で勝負して

いくことを決意しました。

 

 

 

 

おいおい正気か??というツッコミも

あるだろうことは重々承知しています。

 

 

 

でも気づいてしまったから。


現在に至るあらゆる漫画の神々の

作品に耽溺するよりも、

自分の拙い漫画を描いている

時の方がシアワセだということに。


職場ではミスばかりのポンコツ

職員なのに、漫画を描いてる時は

たったひとつのミスがゆるせなくて、

たった一枚の表紙を仕上げる

ためだけに50時間以上1秒も眠らず

ぶっとおしで描き続けられてしまうことに。

 

 

 

 

もうだめだ、と思いました。

 

 

 


自分は与えられるだけでは

満足できなくて、何かを生み出さないと

生きていけない。

 

与えるなんておこがましいことは

望まない、ただ自分が伝えたい

ことを形にしたい。

 

漫画家になりたいんじゃない、

マンガでしか伝えられない

ことを届けたいんだと。

 


生業に出来る確率なんて

滅茶苦茶低いのもわかってる。

でも漫画を完成させるため

には技術を勉強しないと進めない。

 

 

 

わかってる。

 

 


自分よりもっと若くて才能があって

上手で成功していて将来有望な

作家さんは星の数ほどいる。

 

どんなに頑張っても

一生かかっても追いつけない。

終わってしまった30年は取り戻せない。

 

 

 

 


知ってる、わかってる。

 

 

 

 


それでも、何で敢えて自分が

描かねばならないのか。

 

 

 

 

 

それでも、無理なんだもん。

抑えられないんだもん。

 

夜中にふいにその思いが湧き上がり、

誰に対してかもわからず

訴えていました。泣きながら。

 

 

 

 

 

だからこの道を進もうと決めました。

 

もう逃げない。

 

世の中に通用するレベルに

なるよう徹底的に己を鍛えたい。

 

 

 

 

 

私は、人生を懸けて取り組んで、

それでも叶わなくて何も遺らなかったら、

また漫画を見るのも苦しくなって

漫画への愛すら失ってしまったら

どうやって生きていけばいいんだって、

そうなるのが怖かったんだ。

まだ土俵にすら上がってないのに。

 

 

 

 

 

闘え。

 

 

 

 


逃げ出そうとする自分と。


言い訳しようとする人生と。


ゴングを自分で鳴らすんだ。

 

 

 

 

 

30年も遠回りをしたけれど、

今度こそ真っ向勝負して実現させたい

と思っています。

 

 

果たして本当に実を結ぶのか、

読者の方も見届けていただけたら嬉しいです。

 

 

 

 

 

 

 

▲イラストを再開した頃に描いたモノ。今から見ると頭と胴体のバランスなどがおかしいのですが汗 ビフォーアフターというコトでUPしていきます!