生と死を考えさせられる時期

①生きてる間に伝えられたなら。

②過剰自責から自由になれた日。

の続きです。

 

 

 

親友だったHとは、

高校時代から30歳で亡くなるまで

15年間のつきあいでした。

 

気が付くと、もう

彼女を喪くしてからの年月の方が

長くなっていました。

 

 

その17年の間に得た出会いは、

親友の突然の死の後に

もがき続けながらやってきたことの結果でした。

 

この17年間で出会えたすべては、

彼女なしにはあり得なかった。

 

 

 

これから先も、

彼女が遺してくれたものは消えない。

 

その上に積み重なっていくものを、

素直に嬉しいと思える。

 

 

 

いままでは、遠くから見守って

くれているという感覚だったのですが、

今は、自分の血肉となっているカンジがします。

 

 

 

 

 

今年のお墓参りの時には、

報告が出来る。

 

 

「ずっと我慢してたけど、

やりたかったことを始めたよ。

 

我慢してたことに気が付いたよ。

気が済むまでやってみるよ。

 

 

Hのための漫画を描きあげたら、

一番最初に見てもらえるように、

来年のお墓参りの時に

持ってこれるように頑張るね。

楽しみにしておれよ!」って。

 

 

 

 

年に1度の、マニフェストの日。

 

振り返りと前進の日を与えてくれて有難う。

 

 

 

今生きている親友Nと一緒に、

今年もHに会いに行ってきます。

 

 

 

そして、前に進みます。

 
 
 
 
 

byしゅくらむ

  

「しゅくらむ」は、アラビア語で「ありがとう」を意味しています。

ココでの出会いと、ここまで読んで下さったことに、感謝をこめて。

シュックラム!!

 

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