子どもの頃からずっと、

死ぬのが怖かった。

 

 

正確には、小学2年生の冬、

胸が締めつけられるような

呼吸困難になる発作で、

自宅で一瞬意識を失ってから。

 

 

 

学校を欠席し布団に寝ていた私の

異変に気づいた母親が、必死に

名前を連呼したらしいのですが、

最初の1回しか聞こえず、

暗い井戸の底に突然

猛スピードで滑り落ちていくように、

急激に天井が遠ざかり小さくなって消えるのが見えました。

 

 

 

あまりに展開が急すぎて、

「えっっ?これで終わりなの???」

 

 

 

実際には、ほんの一瞬だったらしいのですが。

 

 

 

母親によると、脈をとっていた手首が

みるみるうちに真っ青→紫色になっていき、

救急車を呼ぼうとしたら

意識が戻ったとのことでした。

 

 

 

 

 

 

「確かにこれはおかしい」と

かかりつけ医が紹介状を書いてくれて、

何回も検査を受けた末に、大学病院で

心気性心疾患「不完全右心脚ブロック」

という診断が付きました。

 

本来なら高校生くらいで罹る

「成長を拒否する病」なので、

大人になれば治る、と説明されたのですが。

 

 

 

確かに成長とともに発作回数も減っていき、

社会人になってから出なくなりましたが。

 

 

 

それでも、普段は忘れていても、

「これで終わり」への怖れは

ついて回っていたようです。

 

自分の意思と関係なく

突然終わるのは嫌だ、と。

 

 

 

 

 

昨日のブログを読み返していて、

「そうか、自分はずっと

こんなにも死ぬのが怖かったんだな」

と思い出しました。

 

 

そして今回、意外と

死ぬのが怖くなくなっていることにも

気がつきました。

 

 

 

それは、

「”お迎え”が来たら、亡くなった親友のHに

あっちでもう一度会える」

という楽しみを見出したから。

 

 

 

自分ができることをやり続けて、

”その時”が来たら、

「ああこれでやっと彼女に会えるんだなあ…」

と思いながら逝けるんだなあ、と。

 

 

 

 

 

いやもちろん、現実のその瞬間には

「やっぱり死にたくない!!」と

ジタバタ見苦しくあがく可能性は

高いかと思うのですが(^^;

 

 

 

それも含めて、笑い話で報告できるように。

 

 

 

 

まだまだ当分そっちには行けそうにないけど、

待っててね、H。

 
 
 
 
 

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喪失と再生12・「お迎え」が来る日まで。

 

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byしゅくらむ

  

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