■アダ名は、「忘れ物大王」「サザエさん」

 



思い起こせば小学生時代から「忘れ物大王」のアダ名を頂戴していたし

大学生時代は毎月コンタクトレンズと定期券を紛失していたので、

「その分貯金しとけばスグ世界旅行できるね」と言われていましたが、

もちろん自分も周囲も障害とは全く認識していませんでした。

 



学生時代までは「サザエさん的キャラ」でウケを取れていたし、

就職後ほとんど使えない職員でも

失敗は自分だけのモンダイでおさまっていたのです。

 



が、就職して10年。

社会運動も始めてから12年経ち、

1番の若手だった時代も終わり、

職場でも中堅となって後輩を指導する立場になった途端、

「間違えちゃダメだ、見本にならなくちゃいけない」という焦りとプレッシャーで、

自滅的行動に拍車がかかりました。

 

 



新しいアダ名は「クラッシャー」

 

 


後輩がついてすぐ、わずか2ヶ月の間に、

およそ触るもののほとんどを破壊・損失し

業務や日常に支障をきたしていました。

 



職場の車をぶつける・こする・乗り上げる、

鍵を抜き忘れてバッテリーが上がる、

パソコン・プリンター・コピー機・印刷機が次々止まる。


 

プライベートでもパソコンを壊すわ、

コンセントタップが火を噴くわ、

携帯電話を何度も水没させるわ、

自宅の鍵を何度も無くしてその度にシリンダーを取り替えて外出できないわ。

 



毎日自分のミスの始末に追われ、

破壊・損失した物の購入で出費がかさんでいき、

「このままでは経済的にも精神的にも立ちいかない。

仕事も辞めるしかない」と追い詰められていきました。

 

 




◼︎「もしかして自分も?」初めて自覚

 



まさにその時期は、「片づけられない女たち」がベストセラーとなり、

天井までうず高く堆積したゴミで埋まった部屋が

メディアでセンセーショナルに取り上げられていた頃。

 

「私の部屋はあそこまで酷くないぞ…」と思いながら自己チェックリストをやってみると、

当然、普通の人の倍のスコア。

 


すぐに診察を申し込みましたが、

すでに初診まで1年待ちという状態でした

 



2001年当時、まだ日本の精神医学界では

「ADHDは子供の障害。成長すれば治る」という認識が多数を占めていて、

成人ADHD診断をできる専門家が限られていたため、

全国から問い合わせが殺到していたのでした。

 

 


(続きます)






byしゅくらむ


「しゅくらむ」は、アラビア語で「ありがとう」を意味しています。
ここでの出会いと、ここまで読んで下さったことに、感謝をこめて。
シュクラム!


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