滅んだと思われていたヴィアンキ家の末裔、ムネメ・ヴィアンキが存在していた。

俺達は教会から場所を移動して、話しを詰める事にした。
 
場所はそれぞれのパートナーが待っている、カフェではない。

教会の近所で、そこそこ人数が集まれる「美月クリニック」へ向かった。
 
俺は本来、カフェで休憩しているディオニュソスの状態を、確かめるつもりだった。

しかし疲労感を訴えた彼は、珈琲を飲んだだけで、早々にローマへ戻っていた。

亜子から連絡を受けた時点で、タクシー・バタフライにアレスが同行し、帰途についていた。
 
「日を改めて診察するように、勧めたよ。本人も了承したけれど、何か様子が変ね」
 
亜子も彼の変化を、訝しく感じていた。

ワインを飲めなくなった酒神ディオニュソスは、先週水曜日の時点で、風邪の診断だった。

採血でも、炎症を現わすような結果は無かった。
レントゲンは気管支炎や、肺炎なども起こしていなかった。

「何か様子が変」
亜子だけでなく、岸田主任や俺も感じた部分を、掘り下げていくしかない。
 

美月クリニックに到着したので、俺はひとまず、頭を切り替えた。

直ぐに話題は、旧家の秘密に迫っている。
 
「ワシらはバリー二家の秘密、実物を拝んでないが。イエスの奇跡を再現する方法が、魔術のように記述されている…こんな秘密ではないだろうなあ」
 
ゼウスは額の汗を、お気に入り白いターバンで拭っている。

これを小さく折り畳んで、ヘラのバッグに無理矢理、押し込んでいたとはねえ…。

慣れない黒のジャケットは、とっくに脱いで脇に置いてある。

子供みたいだけど、親しんだターバンに触れると、落ち着くのだろうな。

教会といえど、人間界の葬儀へ参列し、やはり緊張したそうだ。
 
さてゼウスが尋ねた、バリー二家の秘密を残した人物は初代当主のマリだ。

彼はイエス最後の、弟子だった。
 
「ゼウス、ズバリだよ。奇跡を行う方法を記述しているような、秘密ではないんだ」
 
もちろん直人さんはそれを「拝んだ」から、正直に返事をした。

19世紀末から20世紀初頭に生きた、「アスコリ・バリー二枢機卿」の生まれ変わりだ。
 
かっこいいよなあ。

俺はどこぞに「丁稚奉公」へ出て、味噌や醤油を売り歩き、日々、労働に励んでいた気がしてならない。

だから現在も、あちこちまわる訪問診療を担っているのではないか…なんてね。
 
ちなみに直人さん曰く、プルートは一族の秘密を全て隠しているわけでない。

だからこうして、話す事も可能なのだ。
 
「イエスや弟子の奇跡は、聖書に綴ってある。それを、他に残す必要はない。
マリが残した秘密は、聖遺物でもなんでもない。彼の日記だよ」
 
直人さんは、プルートから聞いたと前置きして、旧家のヒストリーを淡々と語る。

へええ…秘密は至ってシンプル、まさに一族の原点だったのだな。
 
しかし日記と言っても、当時は西暦元年だ。

パピルスやら羊皮用紙など、手に入ったもので綴ったらしい。

もちろん紛争や災害に巻き込まれて、消失した部分もある。

半分以上は、写本だ。それでも初代当主の日記を、残しているなんてさ。
 
一族がどれほど、彼を大事にしてきたか。
その思いが、伝わるなあ。
 
「初代当主マリが、日記に綴った内容は。
イエスや弟子と過ごした日々、心に残った言葉などが中心だよ。正に、日記だ」
 
直人さんは神妙な面持ちで、日記の核心部分へ突入した。

広い待合室は人間が4人、神々は3人、長椅子に腰を降ろしている。

大の男が呼吸をするのさえ惜しいくらい、物音一つ立てない。
 
「マリが、日記を残した一番の理由は。
行き場を失った自分を助けてくれた、バリー二一族の繁栄と存続を、考えたからなんだ」
 
現在当主のプルートさんは、日記そのものは解禁してない。

一族の秘密については、大雑把に明かしても構わないそうだ。
 
それが広い人間愛に繋がればいいと、考えているからだ。理由はマリの、生い立ちにあった。
 
実のところバリー二家の初代当主マリは、イスラエルで生まれた。

生粋のローマっ子では、なかった。
最初から、一族の人間であったのはない。
 
彼は両親を病気で失ったあと、イエスの弟子に救われた。それがきっかけで、ローマへやって来たらしい。
 
最終的に、イエスは命を落とすけれど。
若い彼は「教えを広める」、伝道を託された。
 
ところが再び、マリに転機が訪れる。
何処の時代も「感染症」は流行るわけで、彼も罹患していた。

イエス一行と出会った時は、既に発症していたそうだ。となると彼の両親から、感染した可能性が高い。

「発熱と咳や淡、著明なるい痩。一時は、喀血したらしい。抗生剤もない時代に、一命を取り留めたことが奇跡だな」
 
直人さんはプルートから聞いた症状から判断して、肺結核だろうと推測している。

祐樹と俺も、そう判断する。
喀血したくらいだ、肺結核は進行していた。

当時で助かったのは不思議なくらいだ、まさにこれが「イエスの奇跡」なんだと思うよ。

「瀕死の状態だったマリを救ったのが、バリー二家の先祖にあたる商人だった」
 
そう本来は、商人の男性が初代当主だ。
彼は、イエスの弟子だったマリへ譲った。

マリと出会う前から、既に一家は、初期キリスト教徒だった。商人だったから、イスラエル付近も出向いていたんだな。

薬になる薬草や鉱物だけでなく、その知識を活かして、宝石類も扱っていたそうだ。
鉱物は、薬になったからね。

とにかくマリは一族に、温かく迎えられた。
 
「命拾いしたマリは感謝しただろうし、商人だった男性もマリを尊敬したんだろうね。
そんな関係も、日記に残っているそうだ。
貴重な二人の出会いを、子孫へ伝えたかったのだろうね」
 
直人さんが語るバリー二一族の秘密は、事実だ。
マリが秘密として子孫に残した物は、広い意味での人間愛だろうな。
 
人間の根本的なありようを、伝えたかったのだろう。

それが彼にとってはイエスや他の弟子たちと過ごした、貴重な日々だったりさ。
何度も愛情で救われた、経緯だった。
 
 
「だからバリー二一族はカトリックだけでなく、古代ギリシャ・ローマの神々を敬い続けているのか。イエスも説いた、広い愛だもんな」
 
プルートさんに面立ちが似ていると評判のエロスは、彼に肩入れしているのか?
満足気に、何度も首肯している。
 
そしてコンドッテイ通りのケイ・バリー二本店で、香水や靴を買おうと、後ろへ座るナルキッソスへ冗談めかす。

長椅子は3列ある。
ナルキッソスは、最後列に腰かけていた。

彼の 帯状疱疹後神経痛は、前回処方した内服薬で、疼痛コントロールできていた。

「構わないよ。ただし俺を、店のモデルにしてくれるならね」

だから機転を利かし、彼らしいスマートな返事を返している。
そこそこ、乗り気なんだろう。
 
この二人は教会でも、前後に腰かけていた。
なんだかんだ、馬が合うと見た。

イケメンの二人は、クールとパッション、正反対のタイプだからだろうか?
 
 
「俺は、疑問があるんすよね…」

これまで診察室の壁に寄りかかり、押し黙っていた祐樹が口を開いた。

直人さんを真ん中に、ゼウスと俺が座る長椅子の正面に、一人で佇んでいた。
 
祐樹の過去生も一族と、関係があったから、記憶を辿っていたのだな。

確か20世紀の初め、フィレンツェを拠点にしていた一族のドクター、チェーザレ・バリーニだった。

この特徴的な名前は、「あの」チェーザレ・ボルジアから、取ったらしい。

チェーザレ・ボルジアは、15世紀末から16世紀初頭に生きた、野心ギラギラな男だった。

一時は枢機卿まで駆け上がり、野望を遂げるために利用した。

小国に散らばっていた当時のイタリアを、俺の国にしようと、ギラッギラな野望を抱いたわけ。

そのためには、冷淡な手段すら厭わない。妹も、翻弄されるんだな。

しかしそんな男に限って、「美意識」を持っているんだよ、妖しい魅力を放つ。

だから野望を遂げる、武器に使えるのさ。
しかーし、志し半ばで、ギラッギラな男は病に倒れ命を落としてしまう。

とにかくその人物が、裕樹も苦笑いした、彼の過去生、チェーザレ・バリーニ医師の、名前の由来だ。

ちなみにチェーザレ医師は、ボルジア家とは関係ない、バリーニ家の人間よ。

裕樹はバリーニ家の秘密については、直人さんほど、把握していない。
過去生の記憶が、少ないからね。

「バリー二家の秘密って、ヴィアンキ家が欲するギラギラした魔力や、イエスの奇跡を起こす方法は記されてないっすよね。
正直、彼らが求めてない物っすよ。
なぜ、欲しがったのか?
うーん、意味が分からない」
 
祐樹が唸る。
確かに、それは妙だよなあ。

今回は例の魔力使い、よみがえりを企てた。
その根底にあるものは、何だろう。

 簡単に考えると、チェーザレ・ボルジアのような、野心だろうか。
過去幾度もイタリア王国の、支配者を目指したのだろうか。

「ヴィアンキ家の始まりも、バリー二家と同時代で、やはり商人だったんでしょう。長年ライバル関係だったのだろうけど、秘密へのこだわりが、あまりにもしつこいよね」
 
俺も、素朴な疑問が湧いた。
ヴィアンキ家は、しつこい…。

さすがに直人さんも、そこまでは分からない。
一気に、沈黙が押しよせる。

ここまでは、愛情深い話題だっただけに、なんとなく空気が重たくなってきた。
 
「お二人さんそこなんじゃよ、ワシらも疑問なんだ。ヴィアンキ一族は、多神教でもない。
ましてキリスト教も、一族の繁栄のために利用したんだな」
 
ムードメーカーのゼウスが、澱みかけた雰囲気を一層するように、カラっと告げた。
 
「だから姉さん…女神ウエスタは、わざわざ冥界まで出向き、ハデスと今回の事態が起こった背景を探ったんじゃ」
 
ゼウスによると該当する魂なり、人物は浮上しなかった。
 
では誰が神々の領域を超えて、ワルキューレとヴィアンキ兄弟を結束させたのか?

それが可能なのは、現代へ生まれ変わっていない魂だろう。
しかし冥界に残っていたヴィアンキ家の魂は、兄弟だけだった。

となると、ムネメ・ビアンキや他の魂は、どこかへ生まれ変わっているかもしれない。
 
「ヴィアンキ家はバリー二家と違って、ダークな部分が多いんだ。だから20世紀初頭、バリー二家の秘密を巡り、ヴィアンキ3兄弟は仲間割れをした。最終的に没落したはずだったけど、そうではなかった」
 
古代ギリシア・ローマの歴史に詳しい紘一さんも、一時は栄華を誇った旧家、ヴィアンキ家の真の目的は分からなかった。

俺たちは、ますますピアニスト、ムネメ・ヴィアンキの生涯、そして彼女から誕生しているであろう、子孫の行方が気になった。

 
お時間を割いてお読み下さり
どうもありがとうございました
 
写真 文 Akito
 

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