ワルキューレのグレータに襲撃された俺は、宅急便ペガサリオンの配達員、ペガサスのネロに助けられた。
壮大な椅子取りゲームに気が付いた祐樹が、機転を利かせてくれたお陰だ。ネロは祐樹の自宅へ、通販ぺガハウスの商品を届けに来た。
「ペガサス、お前もワルハラ送りだっ!」
背後から猛スピードで追いかけてくるグレータは、容赦しない。
ギューン、ギューン。
シャキーン。
「うわああっ!デコトラに正面衝突する、左後方から槍だっ!」
トラックのキャブ部分には「傀道命」。
真っ赤な電光文字版が、眼前に迫る。
背後からは「カイドウイノチ」の文字と同色、蛍光レッドの槍が飛んできた。
「しっかり捕まって!」
「オッケー」
ネロの体が45度以上、右へ傾いた。
すんでのことろで、大型トラックと槍をよけた。
槍は蛍光レッドだ。
投げるとそのままのカラーで、光の帯を放つ。
衝突寸前だった、デコトラの装飾カラーとそっくりだ。
先程のトラックは、「街道命」をもじって「傀」、偉大を意味する当て字を使うとは、普段の俺なら関心する。
今はそれどころじゃない。
命をかけたスケールの大きな、椅子取りゲームの真っ最中だ。
夜間の幹線道路は、なんせ大型トラックの走行が多い。
そこを低空飛行、猛スピードで駆け巡るから、もはやカーチェイスだ。
ましてトラックドライバーさんは、「視えない」方が多いようだ。
人間界の交通ルールにのっとり「安全運転」をしている。いや、平時は当たり前のルールだ。
しかし今の俺達にとって、命がけの有事だ。
正面衝突しそうで、危険だ。
しかし、ここは踏ん張る。
ペガサスのネロはワルキューレを住みかのワルハラへ送り返すために、住宅街を避け広いエリアまでおびき寄せた。
「ネロ、車の走行が一旦途切れた」
「よし、チャンスですね」
彼の首に取り付けたポーチから、素早く「ケーリュケイオン」魔法の杖を取り出す。
落とさないよう、ガッチリ握る
この杖は祐樹が大樹君と詩乃さんに買った、「商人の神ヘルメスのコスプレグッズ」のオマケだ。
しかし、この杖は侮れない。
「倫太郎さん。手筈通り、落ち着いて取り組んで下さいね」
「こうなったら、酒神ディオニュソスになりきって、陶酔するぞ」
俺は、宣誓した。
彼が特注ネクタルを作る際、魔術をかける様子を垣間見た。魔術をかけるイメージは、俺の中で完成している。
ネロはグングンスピードを上げて、幹線道路を南進する。追いかけてくるグレータと、距離を取っているのだ。
猛スピードだが、俺の体はしっかり固定されている。
宅急便会社だけに、「振り落とされないベルト」を、シートベルトに扱っていた。
鍛治の神へパイストスの商品は、腰に巻き付けると高速で飛んでも、背中に乗っていられる。
ベルトの威力を体感しているだけに、魔力を倍にした「座ると身動きの取れなくなる椅子」は、どれほど強力なのだろう。
だからこそ、この危険な椅子を欲しがる者が五万といる。
魔力に惑わされて深みにはまると、とんでもない事態が発生するだけだ。
直感だけど、そろそろ200メートル近く離れただろうか。
俺は後方を確かめる。
「ネロ!充分、加速距離を取った。
方向転換してくれっ!」
「了解!」
グワンッ。ギューンッ。
「うわああっ」
ネロが素早く方向転換した。
向かい風を全身で受けるから、咄嗟に閉眼してしまう。
窮地に立たされた状態で、未知の魔力をかけるのは、やはり怖い。
「いかん、いかん」
倫太郎よ、勇気を出せ。
己に言い聞かせ、目を開ける。
そうさ。
ネロは向かい風など、もろともしない。
加速の勢いのまま、真正面から迫るワルキューレへ突っ込んでいく。
グレータは南進しているから、鎧兜が月明りに反射して煌めいているな。
あの反射が、鏡の代わりだ。
スゥーッ。
俺は大きく息を吸い込み、右手で握ったケーリュケイオンの杖を凝視する。
これに、集中だ。
ディオニュソスも人を寄せ付けないくらい、魔法の陶器アンフォラへ、意識をグワーンと注ぎ込んでいた。
オマケの魔法は、一回こっきりだ。
黄泉の国に旅立った人と、鏡越しに15分再会できる。
何としても、成功せねばいかん。
…古代ギリシア・ローマの神々、女神よ。
羽沢倫太郎に、力を貸して下さい…
祈りつつ、呼び出す人物の姿を思い浮かべた。
よし、いくぞ。
「文一爺さん、聞いてくれ。
白鳥に変身する金髪、別嬪のワルキューレが迷子だ。
ワルハラへの帰り道が、分からない。
道案内できる人を、探しているぞ」
俺はケーリュケイオンに絡みつく、二匹の蛇に向かって叫んだ。黄泉の国から遊び人、文一爺さんを呼び戻した。
爺さんは寄り道癖のあった上、しかも元人間だからな。ワルキューレも油断するだろう。
我が祖父、文一が適任だ。
「倫太郎、諦めろっ。
とどめの一撃を食らえっ!」
槍は俺の心臓を、貫通する。
物騒な、予告だ。
いいや、弱気になってはいかん。
寄り道が大好きだった、文一爺さんの「魅力」を信じろ。
約50メートル近くまで迫りくるグレータは、槍を頭上で構え、上半身を逸らしている。
胸腹部を覆う鎧が、月明りに煌めく。彼女が左手で掴んだ槍を、俺に向け放つ寸前だ。
「お前さんの相手は、ワシだッ!」
「無礼なヤツめ。お前は人間だな?」
文一爺さんがグレータの鎧、鏡替わりにした胸腹部から、上半身だけ姿を現した。
「おあいにくさま。人間も黄泉の国へ住んでいりゃあ、不思議な力を変幻自在に、発揮できるんだよ」
爺さんは素早く槍を掴み、己の体を出す鎧の中へ、なんなく引き込んだ。
確かに怪力、不思議な力だ。
「登場しましたね」
「ああ間違いなく、俺の爺さんだ」
記憶に残る白髪の爺さんは若返り、山高帽子を目深に被りスーツ姿だ。
一瞬、ネロと俺に右手を挙げて合図した。
グレータは、タイプなのだろう。
「邪魔をするな。
私はまだ、任務を遂行していない」
なんと爺さんは彼女が被る兜まで、脱がせてしまった。腰まである金髪が、風になびく姿は絵になるな。
「白鳥に変身して恋をすれば良い。
任務など、忘れるさ」
さすが爺さん、恋の任務は忠実だ。ワルキューレに引けを取らず、任務はグイグイ迫る。
「お前の名前は?」
「文一。さあぺガサス、ワルハラへ出発だ」
名乗ったからには、ゴーサインとばかり。
爺さんは勝手に指示を出してしまった。
「待ってくれ。
私は恋人にすると、了解してない」
「ワシと過ごせば危険な椅子が欲しいだの、邪念も湧かない。守ってやる」
「守ってくれるだと?」
勝負はついたな。
グレータは爺さんを見つめながら、愛馬のたてがみを撫でた。
それを合図に、ペガサスは急上昇した。
同時に灰色の雲が、彼らを包む。
おそらくワルキューレが逃げないよう、バリゲードだな。
彼らは、そのまま消えてしまった。
「文一爺さん、恩にきるよ。ありがとう」
空を見上げ、礼を述べた。
いつの間にかケーリュケイオンの杖も、消滅していた。オマケの魔法を使うと、自動的に消えるのだ。
これは何者かが杖に魔力を宿すのを、防止する機能だ。
いたずらに魔力を使う危険を、回避できる。なかなか良いシステムだ。かつ本物を所持する、ヘルメスとの契約らしい。
「倫太郎さん、急いで自宅へ戻りましょう」
「頼みます、ワルキューレの被害を受けてないよう、願うよ」
ほっとしたのも、つかの間。
新たな不安がつのる。
皆は無事だろうか。
妨害が入っても、魔力を使えるのはディオニュソスとプシュケだけだ。手強いワルキューレのロザやヘラが押し寄せたら、厳しぞ。
ネロはトラックの走行が増えた幹線道路から外れ、脇道の上空を猛スピードで飛んだ。
お時間を割いてお読み下さり
どうもありがとうございました。
写真 文 Akito
参考図書
河出書房新社
杉全 美帆子著
イラストで読む ギリシア神話