いよいよ待望の宅急便ペガサリオンが、我が家へ飛んでくる。
通販ペガハウスでオーダした、ヘルメスのコスプレグッズのお届けだ。
「ほおら、大樹。お空を良く見ててご覧、ブルー・ホースが飛んで来るからね」
「ウンッ」
右腕で抱っこした、息子の顔を覗き込む。
つぶらな瞳は、親バカかもしれないが俺に似てるよなあ。記念すべき夜を、息子と味わいたい。
人間の世界にペガサスが飛んでくるとは、信じなければ縁が無いだろう。
俺は尊敬する師匠と親友がいる上、結婚といい何かとラッキーだなあ。
「到着まで、あと5分を切った」
空を飛んで来るから渋滞はありません、指定のお届け時間に正確だ。
「大樹、あと4分50秒だ…」
カウントダウンを始める。
ドキドキするな。
ゼウスが例の椅子に乗ったまま、エマージェンシー・ホースに運ばれた時は、遂にアルマゲドンかと焦った。
でも映画以上の、迫力があったな。
今度は宅急便、ペガサリオンだ。
愛想の良いお兄ちゃんペガサスが、まいどっ!って、笑顔で運んでくる。
つややかなブルーグレーの毛並みも、お客商売なだけに、ブラッシングは怠らない。
毎日手入れしているそうで、清潔感がある。
ワルキューレが乗り回す、野性的な栗色の毛を持つペガサスに比べると見た目からして、明らかに仕事が違う。
「パパぁ…」
突然、息子が東の空を指差した。
「大樹、どうした?」
何気なく、そちらへ視線を向ける。
夜空にしては、妙に明るいな…。
「なんだあれ?
4本の光の帯が、動いている」
スター・ウォー○のライ○セーバーか?
蛍光色の赤、青、黄、緑の光が重なったり、ぶつかっては離れている。
我が家から、一駅離れたエリアだ。
ドキッ。
心臓が強く収縮した。
嫌な予感がする。
「師匠の自宅付近、美月クリニックのあるエリアだよ。まさか例の椅子…」
しまった、声が大きい。
慌てて、左手で口を塞いだ。
閑静な住宅街なだけに、マル秘情報は漏れやすいぞ。
妖精はいたる所に、存在するからな。
決して、大袈裟では無い。それこそ、師匠と凛ちゃんの命が危ない。
エロスは間違えてヘパイストスの椅子を美月クリニックへ、送ってしまった。
師匠が何処に椅子を隠したのか。俺はもちろん、倫太郎すら知らないさ。
しかし師匠の自宅付近、上空で輝くライ○セーバーは、絶対「ゴッド・ウォーズ」だろ?
ライトセーバーは蛍光色の槍だよ、槍…。超ヤバイ、なんてもんじゃ無い。「椅子取りゲーム」が始まったに違いない。
ヘパイストスの椅子は、座ると身動きが取れなくなる。
未だに妖精やワルキューレ達が狙っていると、倫太郎から聞いた。
「軽い気持ちで、使ってみようと考える。
どんどん魔力に引きつけられて、邪念が浮かぶんだよ」
その結果、今回のような大事に発展する。
アフロディーテやアレスも本人達が気が付かないうちに、深みにハマった。
魔力に、惑わされていたのだな。
神や女神も自覚しないうちに、邪念を呼び覚ますとは、どれほど強力な魔力だ?
だからこそ持ち主のヘラとゼウスは、処分を決めた。
「裕樹君、ペガサリオンはまだ来ない?そろそろ指定時刻だよ」
オマケにつくケーリュケイオンの杖を楽しみにしている志乃さんが、ベランダに現れた。
一回だが、魔法が使える杖だ。
「配達は、遅れるかもしれないよ」
「どうかしたの?空は渋滞も無い…えっ、一体どう言う事?」
俺が大輝の腕を取り東の空を指さすと、志乃さんも口をつぐんだ。
夜空で繰り広げられる事態を、瞬時に察してくれた。
「まさか蛍光色の光は、噂に聞いたワルキューレの槍?」
声が震えている。
「だろうね」
彼女は鳩が豆鉄砲を食ったような顔で、夜空を眺めている。
ゴッド・ウォーズと思しき、椅子取りゲームのエリアが、師匠の自宅付近とはね。
椅子に張り付いたままゼウスが飛んできた、それ以上の驚きだ。
「外は危ない、中へ戻ろう」
「私たちも、巻き込まれるかもしれない」
俺たちも神々の治療と、椅子に関わっている。
万が一を考えて、部屋に戻った。
現在彼女も、半日勤務で美月クリニックへ再就職している。
ペガサリオンが椅子を配達した朝も、勤務していた。
椅子に纏わる一件は、把握している。
一階のリビングに戻った俺は、すぐにスマホを開いた。
その隣では、志乃さんが大樹を膝の上に乗せながら、不安な面持ちで画面を覗く。
「まず師匠にメールする」
「それがいいね」
「自宅付近の空、ゴッド・ウォーズになってるみたいっすけど、無事ですか?
読んだら、安否の返事を下さい」
続けて、倫太郎へメールを打つ。
「マズイぞ。
ヘラとロザと思しきワルキューレが、師匠の自宅付近へ現れた。
夜空でライ○セーバーの様な、蛍光色の光を放って戦っている、あれは槍だ」
よし、返事を待とう。
「しかし2対2で、椅子取りゲームを争っていたが、全員ワルキューレかな?」
「だとすると、仲間割れかしら?」
ピロリン…。
「ああ、師匠から返事だ」
「直人先生、生きててよかった」
意識の無かった患者さまが、反応を回復したかのように、俺と志乃さんはホッとした。
しかしそれは、ほんの束の間だった。
「大変な事になった。
ヴォータンとハンナVSロザとヘラだ、自宅上空で椅子を巡って争ってる。仲間割れだよ」
「うわっ、なんてこった」
「後々アフロディーテとアレス以上の、処分になりそう。よせばいいのに…」
全く、志乃さんの言う通りだ。やはりワルキューレは、気性が激しい。
師匠の説明によると。
魔術と知恵の神ヴォータンは、部下のワルキューレ、ハンナを伴い椅子を引き取りに来た。
椅子の魔力を、ヴォータンが消す予定だったらしい。
ところが引き渡す寸前で、尾行していたロザとヘラの邪魔が入った。
「二本の槍が、庭に突き刺さった。
焦ったのなんのって。ワルキューレに襲撃されて腰を抜かしかけた、倫太郎の気持ちがよく分かった」
普段はクールな師匠も、明らかに動揺していた。しかしさすが師匠。
その後は、ちゃんと分析していた。
「彼女たちは、魔法の椅子を狙っていた。
最初からヴォータンやハンナを、尾行していたかもしれない。
だとすると、倫太郎の自宅は発覚した。
エロスと彼を匿った倫太郎は、再び狙われているかもしれない」
「直人先生の予測通りならば。倫太郎さん達も危ないわね」
「うん」
志乃さんの指摘に、背筋が寒くなった。
神話は詳しくないが、ワルキューレは職務に忠実だったな。
だからとことん、欲しいものは手に入れる。
かつヘラやロザ以外にも、気性の激しいワルキューレは存在する。
ガレノスや酒神ディオニュソスも、エロスの治療に協力している。そのバリーゲードを、難なく突破してしまったら?
まして、魔術の神ヴォータンが不在、この隙を狙えばタイミングはバッチリだ。
それを実行しそうな、人物がいる。
地中海でエロスの両膝を槍で突いた、ワルキューレだ。
「裕樹先生、志乃さん、まいどっ!
ペガサリオン、時間ぴったりに到着です」
「あっ、ご苦労です」
いつの間にか、宅急便ペガサリオンのお兄ちゃんが、注文の品を届けに来ていた。
そうか…。魔力を持つから、ダイレクトでリビングにも入れるのだな。
俺は咄嗟に閃いた。
ワルキューレとは関係のない、ペガサスも数多く存在する。
通販ペガハウスと、宅急便ペガサリオンを運営する彼らだ。
「夜空の椅子取りゲームを見ましたか?友人がピンチです、力を貸してくれませんか?」
両手を合わせ、頼み込む。
「ああ、偉いことになってました。
もちろん人間界では初めての、お客さまですし。神々の主治医ですから、協力します」
「ペガサスお兄ちゃん」の澄んだブルーアイは、嘘をつかないと、俺は信じる。
大樹が背中に乗ってはしゃいでも、優しく微笑んでいるからな。
「ありがたい、お願いします」
俺は早速、ペガサスのお兄ちゃんと、荷物を開けながら作戦を説明した。
倫太郎や亜子ちゃんからメールの返事が無いからには、エロスの治療の真っ最中だろう。
となればワルキューレが外から様子を伺っていても、治療に集中して気が付かない。
お時間を割いてお読み下さり
どうもありがとうございました
写真 文 Akito