5曲目はアルバム「GORILLA」収録の木根バラード「confession~告白~」。

 

 



このアルバムは、当時近所に貸しレコード屋というものがあって(TSUTAYAなどのチェーン店もなかった時代)、

まだ中高生でレコードを買うお金のない私たち姉妹は、そこでTMの最新レコードを借り、カセットテープに入れて聴いていたのでした。


「プエルトリコの少年」や「君から届いたエアメール」

「回転ドアに行き交う男たちの群れ」

などの言葉から、

ニューヨークやロサンゼルス、ロンドンなどの忙しない外国の街並みの情景を想像したものです。


日本で別れて暮らす恋人に向けて「本心」を明かす、主人公の男性。


この曲や「HUMAN SYSTEM」など、離れた場所にいる男女の歌がTMには多い気がします。


TMの歌詞世界から「大人の恋愛」への憧れも募ったものでした。


それにしても、ウツさんは66歳とは思えない艶(つや)やかで若々しい歌声だなあ、とつくづく。


ソロライブは行ったことないけど、彼がずっと歌い続けてくれるからこそ、こうして40周年ツアーを無事に迎えることができたんだなあ。



続いては、スクリーンに

「40年余りの時を経て、ようやく僕たちの思い描いた『CAROL』の歌詞世界を映像で表現できる時が来ました。

これから流れる映像は、歌詞の世界をAIが噛み砕いたものです。

しばし、最新の『CAROL』の世界をお楽しみ下さい」


というようなテロップがスクリーンに流れ、「CAROL組曲」のコーナーが始まります。


発表当時、そしてライブで観た時は、世界観が難解で若い私にはよく分からなかったけど、


このコーナーで観て

「『CAROL』ってこんな壮大な世界だったのか!びっくりびっくりびっくり

と改めて驚きました。


AIが歌詞のワンフレーズごとに映像を生成していく様を見て、

「AIの正しい使い方を小室哲哉が模索して、出した答え」

をリアルに感じることができました。


「あくまでも『人』が主体で、『機械』は『従』」。


サウンドも荘厳で、まさに

「デジタル・オーケストラ」。


6曲目「A DAY IN THE GIRL'S LIFE」

7曲目「CAROL(Carol's Theme l)」

8曲目「CHASE IN LABYRINTH」


と続けて聴くと、同じメロディー(主題)が繰り返し使われて、それが1曲ごとに形を変えて-メタモルフォーゼしていくのが分かります。


そのメタモルフォーゼ具合とAI映像の流れがリンクしているのもまた、面白い試みでした。


私がここ数年、クラシックCDを聴いたりオーケストラコンサートに行ったりしてたのは、

この瞬間を理解するためでもあったのか。


「CHASE ~」の時は、「CAROL」ジャケットのウツさんイラストの口元が動いて歌うという、

画期的なスタイル(笑)。



9曲目「Gia Corm Fillippo Dia(Devil's Carnival)」では、1989年当時の「CAROL TOUR '88-'89」ライブ映像が使われました。


懐かしすぎる笑い泣き笑い泣き笑い泣き



ここで、私が35年前に参加した「CAROL」ツアー日本武道館公演のライブレポを振り返ってみます。


ずっと大事に保管していたノートを、ついに紐解く時が来たか。


キャンパスノートに鉛筆(シャープペンシル)で書いてるもので、あちこち見にくいですがあせる
本当はライブレポには色鉛筆で色もつけていたのですが、途中でめんどくさくなってやめたらしい(笑)。

個人的に見られたくない部分は消してあります笑い泣き

1989年4月28日、天気は晴れのち曇り。
当時、私は高校2年生、誕生日前の16歳。


この日は三部構成で、第2部の部分を35年後の今回、再解釈してみせたわけですね。

イラストの横に小さく
「マラカスやるキネ氏」
「パーカッションの人」
「PRI2(プリプリ、ガールズバンドのプリンセス プリンセス)みたいにタンバリンを振るウツ」
「ひとりで弾く時思いっきり目立っていたコムロ氏」
と書いてあります(笑)。

サポートギターは松ちゃんこと松本孝弘氏、ドラムは2024年の今日と同じ阿部薫氏だったらしい!びっくりびっくりびっくり

オープニングの話かとおもわれますが、
「TMのフィルムが始まると思ったら、コカ・コーラのCMが流れてズッコケた」みたいにも書いてあります(笑)。
コカ・コーラプレゼンツだったのか?笑い泣き

キャロル役の人の写真をバックに
「キーボードetc. TETSUYA KOMURO」
とテロップが流れた時が、一番歓声が大きかったとか。
この時のてっちゃんは若くて、アイドル並みの女性人気だったからなあ。

要塞キーボードの上に乗って、うにょうにょとシンセを鳴らしていた姿も鮮明に覚えてる。

いや、どこかの公演ではショルキーを破壊するくらい、ほんとにめちゃくちゃやってて、若かった(笑)。

第3部の「Come On Let's Dance」では、「お殿様」や「腰元」などのコスプレをしたダンサーに混じり、普通のスタッフのような人たちもステージに上がり、お祭り騒ぎ!

お互いを写真(当時はアナログカメラしかなかった)に撮る場面も。


キャロルが生け贄として拐われ、天井から吊るされ。
機械仕掛けの「一ツ目の魔王」が吠え、それを崇拝する化け物たち(「仮面ライダー」のショッカーに犬の頭がついたようなキャラ)が跪いて祈りを捧げます。

「シャキーン、シャキーン!」と槍を持って、キャロルを助けに来たウツたちを襲う闇の一味。

戦いの末、化け物の頭的な役の人物(?)をウツがナイフで刺すと、
「魔王」は大きな唸り声を上げて倒れます。



↓このキャロルは、救い出された後なのか前なのか分からないけど、バレエのような可憐なダンスを踊っていました。

このキャロル役の人、前のツアーで現在のご本人が映像出演してましたね。


当時の「CAROL(Carol's Theme II)」で踊ってたのかな?


そして、世界に平和が戻り、「JUST ONE VICTORY」へ。


とにかく、コンサートにミュージカルの要素を取り入れた画期的なライブでした。


当時は「魔王」や「化け物たち」の表現など、半分ギャグにしか見えなくて、16歳の私には理解が及びませんでしたが、


大人になった今なら分かります。


「あ、これ、TMのプログレ的表現の一環だったんだな」と。




「STILL LOVE HER」では木根さんがハープを吹き、

他の曲ではてっちゃんが「ヴォン、ヴォン!」とシンセドラムを叩き、


あれ? ウツさんがMC?びっくりびっくりびっくり

「TMにはMCがない」ってのが最近の定説になってますが、この時はそうでもなかったのね。


ちなみに、当時のウツは

「Welcome to the FANKS!

All Right?

今日は武道館ラストにふさわしい…


辛いことや、悲しいことが…」

とか、一言一言、ゆっくり区切って話してたらしい。

(当時レポも詳しく覚えてなくてすみません😣💦)



昭和天皇が年明けになくなり、日本中が大きな暗い悲しみに包まれていた、この年。


年号が「昭和」から「平成」に変わり、

音楽を届ける媒体が「レコード」から「CD」に変わり、


デジタル&コンピュータ音楽も徐々に台頭。

シンセはハード…アナログからソフト…デジタルへ。


世間では漫画の王様・手塚治虫先生が亡くなり、

演歌の女王・美空ひばりさんも亡くなるという、


「未来」への「不安」と「期待」とが同時に人々の心を包む、時代の大きな転換期でした。


この国から「中心」がなくなった年だともいえます。



昔話が長くなりましたが、現代、2024年に戻ります。



8曲目「CHASE IN LABYRINTH」で歌われた

「奪われた僕らのメロディ、取り戻すよ、いつか」(作詞:小室みつ子)

で表されたように、


「この世界から音楽が消える日」が本当に来るなんて、1989年当時の人々は思いもしなかった。


でも私は、レコードがCDに取って変わられた時から、

既に不安を感じ始めていた。


「レコード」は「ジャケットアート」「A面とB面の世界観の違いの表現」も含めて

「総合的芸術作品」だったのに、


それが90年代に入り、

「大量生産、大量消費」するだけの「CD」に変わり、


「音楽を売る、伝える目的」が徐々に変わってきた。


「音楽」から「芸術、アート」としての側面は削られ、

「音楽そのもの」の価値はどんどん小さく、低くなる。


媒体…ハードを作る人たちが、音楽…ソフトを作る人たちの首を締めるようになってきた。


そこで、音楽家たちが「NO!」と

声を上げなかったことが、全ての間違いの始まりだったのです。



「キャロル」は「音楽そのもの」または「人々の心の中にある、音楽を愛する良心」の擬人化だったのね。


「魔王」は「音楽を食い物にする、人々の心の中の醜い部分」なのかな?




11曲目「IN THE FOREST」では、三角形の正四面体が森の中を走り抜けていく映像が流れ、


「音楽が失われそうな現代に立ち向かい、戦っていくTMメンバー」を表現しているように見えました。



12曲目「JUST ONE VICTORY」では、霧が晴れたような爽快感に会場が包まれます。


ウツさんに合わせて、みんな人差し指を頭上に掲げます。



続く。