実家にくると、私はしばしばパラレルワールドにいるのではないのかと思う。

それは、おそらく京都と長野では、そもそも都会と田舎であって、何から何まですべて雲泥の差だと感じるからだ。

今朝、朝5時半ころ、かつて私が幼かった頃に歩いた通学路を辿った。

方々は高い山に囲まれ、所々靄がかかり、田んぼにはまだ刈られていない稲穂がたわわに揺らいでいる。
人は、まるで私しかいないかのように、閑散としていて広々とした青い空には視界に入るはずの邪魔なビルが1つもない。

一方、京都では、山があり、歴史的建造物が建ち並ぶ。なるほど一見共通するような景色はいたるところにある。

しかし、やはり何かが違う。
わたしは問うた。

「何が違うんだろう?」

そして気づく。

一区間につき密集している人や建物が少ないこと。

いつか、学生の頃に学んだ、田舎から都会へ人が流れることによって起こるドーナツ化現象。そして、過疎化。

それは確かに悲しい事で、実際私も地元を離れ京都にいる。
こんなことをいうのは、不謹慎であり、あるいは無責任だと非難されるかもしれない。

しかし、私がパラレルワールドだと思わずにはいられない要因はこういった田舎の状況からなのかもしれない。

日々の喧騒から逃れ、虫や鳥の声が耳をやさしくくすぐり、柔らかな風が髪をなでる。

それはまるでお伽話の国にいるような、他愛もない景色がそんな事を連想させるのだ。


退廃的で疲弊した空間の中では、わたしは考えるという思考が麻痺してしまう。


一人の空間で、たとえば昼まで寝ていて、起きて、ぼーっとして・・・の繰り返しだった毎日。


ところが、実家に帰ってきて、家族と同じ生活リズムに戻してみると、自分がいかに無駄な日々を過ごしていたか


ということに気づく。そして、同年代の友達と久々に再会し、仕事の話等を聞くと自分だけ取り残されてしまった感


が否めない。


しかし、この件に関してはこういう結果を招いてしまったのが自分自身であるため、むやみに嘆いたりはしない。


嘆くよりも、仕事を探せ、だ。


ただ、考える。田舎では、就職して安泰した生活を手に入れることが当然であり、またそれが幸せであるという認


識だったりする。


では、就職せずに、夢ばかり追いかけてのらりくらりと生活してる人、つまり私は幸せではないのだろうか。


たしかに、焦燥感はある。現実的に考えてなかったらおかしい。なぜなら、それは生活するという点で、自立とい


うものに直結してくるものだからだ。


もっと自分じしんが前向きに行動していかなければならないだろう。甘えばかりの夢追い人は薄っぺらいし、


それは反吐がでるくらい嫌いだ。


しかし今の自分は違うとは言い切れない。よく、自分とよく似た性格の人を嫌うという。


私が、甘えばかりの夢追人は嫌いだ、と云うが、その実は、自分のことが嫌いだ、ということに置き換えられるの


かもしれない。



今、私は始まったばかりの音楽人生の中で、多くの音楽をできるだけ取り入れようとしている。


それは、偏った音楽ばかりを聞いていた私にとって、いろんな音楽を聴く事が、単なるリスナーとしてではなく、


同じアーティストとして成長する大事な事だと感じたからだ。


これは、現在の師でもあり愛すべき人の言葉である。


『自分がその音楽を聞いて、自分だったらどういうイマジネーションを持って曲を作るかを想像する。』


今までのライブで、私はどこか、まだ「客人」のようだった。いうなれば、生演奏で歌うカラオケ状態だ。


まだ音楽と遊んでいない。どこか、音楽と自分を隔てて歌っている感がある。


そこに、違和感を感じる。


そう感じたところに、彼はそんな話をしてくれたのだ。


なるほど、私は彼の紹介する音楽を聴いた。いいかわるいか、好きか嫌いかそんな事は2の次で、ひたすら


聞く作業。


そして、今私は思う。


 私は何になりたいのか?


彼になりたいのか?と。


いままでの作業は、完全に、彼になりたいとおもってひたすら音楽を聴いていたのだろう。


自分はどうしたいのだろう。音楽というフィールドの中で、私はどう表現していきたい?どうなりたい?


そこがわかってこそ、はじめて、「参考」が生まれる。


今、ふと私は、彼になる事で、音楽をわかったような顔でいた。