気づきに
気づいている
気づき
それこそが真我
その事の、頭で理解できる以上の理解が、私にはずっと出来ていなかった。
でもある時、腑に落ちた感がありました。
思考をポイポイして、真我に留まるに意識を向けていたら、「気づきに気づいている」感覚が、ハッ!と訪れました。
概念や言葉で表してしまうと、それもまた自我の領域内での話なので、真理から遠ざかってしまう。
でも、自我の自分の為に、そして私のように真理を探究されている方のお役に立てればと、私の拙い表現で書き残してみます!笑
思考している事に「ハッ!」と気づいた瞬間、その気づきこそ真我の立ち位置からの視点であり、真我そのもの。
でも、思考している自分にハッ!と気づいた時、
「あっ、また思考してた!」
と思ったりする。
この「あっ、また思考してた!」も思考。
つまりこの瞬間には、もう「自我と同化している状態に戻っている」ということ。
せっかく「ハッ!」と気づいた瞬間に自我から離れ、ハッという「気づき」、つまり「真我」の立ち位置に在るのに、すぐ自我の立ち位置に戻っている。
また、思考だけでなく「今」に気づくという感覚がある。
それが「今ここに在る」という事であり、それが「真我の立ち位置に在る」ということ。
でも「あ、今ここに在る」と思う瞬間に、自我に戻っているし、今ここから離れてしまっている。笑
「思考」や「今」にハッ!と気づいて…
「 あ、〇〇だ」
更には…
「〇〇は✖️✖️だなぁ」
「△は◻︎なのかなぁ」
「ああだ、こうだ…」
と思考•判断している。
これが自我の習性。
これが、これまでの自我の私だった。
別にそれが良い悪いって事ではなく、自我とはそういうものだということ。
でも私は…
真我探究を深めていきたい。
真我を実現したい。
だから…
気づいた後のカッコ「 」に意識を向けず
気づきに気づき続ける。
今に気づき続けながら
今に在り続ける。
それが
真の瞑想であり
真我に留まることであり
真我を探究する事
になるのではないでしょうか。
そして、この現象世界に振り回わされず
現象世界も平安なものになってゆく
最善の方法なのではないでしょうか。
と、腑に落ちた感覚を表現すると、こんな感じです。
…こんな風に言葉にすると、自我の世界での表現になるから、真理から遠ざかってしまうけど。笑
この現象世界で生きている限り
自我が消滅することはない。
でも、これからも
気づき続けていること
気づきで在ること
今に在り続けること
に意識を向けていきます。
そこに留まり
安心して
至福に浸っていよう。
それでいい。
それでいい。
それでいい。
今日も、真我を信じて。。
大丈夫!すべてはうまくいっている☆彡
今日も最後までお読みくださり、本当にありがとうございました😊
