断捨離ということばも丸ごと定着しましたが、『自身たちに、もう品は無用。-断捨離からミニマリストへ』(佐々木典士著、ワニブックス)のライターも、「かなぐり捨てる」ことによって徳義心を取り替えることができたのだそうです。

“ もち品を自分に必要な最小限にする、ミニマリスト(最小信条ヒューマン)という思考。その思考を通して見えてきたのは、単に広場がスッキリして気持ちがいいとか、保守がしやすいとか表面的な恵みだけじゃなく、もう一度資質について。つまりどうして通じるか、誰もが求めてやまない「ハピネス」を、自分の念頭で考えなおして出向く実例だった ”



一部の債権者だけは対象から外して借金を返済する

とはいっても、作者当人もともとは品を溜め込み、それが自分の値打や幸せにつながると感じていたのだそうです。が、振り返ってみれば、輩とくらべてばかりいて、自分がすべきことがわからず混乱ばかりしていたのだとか。でも、品を複数捨てた数値、日毎ハピネスを噛みしめながら生きられるようになったのだといいます。

あんな実話があるからこそ、本書では「品から一度離れて見る実例」を勧めているわけです。でも、品を燃やすためにはどうすればいいのでしょうか? 第3章「見切る戦法終焉便覧55!!」から、いくつかを引き出してみたいと思います。
「捨てられない」という印象を「投げ棄てる」

捨てられない「キャラクター」はゼロのだそうです。つまり、ただ自分で「捨てられない」と思い込んでいるだけだということ。ここでライターが引き合いに出しているのが、「勉強性無力フィーリング」という内的学用語。実際には自分で改善できる状況で、そのキャパもあるのに、「捨てられない」という失策を何度も味わうと、流れを上達決めるという心境すらなくなっていって仕舞うという実例。

でも、なぜ捨てられないかを明確にスピリットできれば、後で捨てられるようになるやり方。そして「捨てられないタイプ」も「捨てられないキャラクター」もサイドせず、自分が酷いわけでも無く、わずか「切り捨てる腕前」が未熟なだけ。だからこそ、「捨てられない」という印象を管理するだという直感だ。

“ わたしは汚広場に住んでいたが、今はミニマリスト広場にいる。自身が変わったのは、キャラクターではない。脱ぎ捨てるための腕前と習慣を身につけたのだと思っている ”