「もし彼らが宗教を政治的な武器として使用し、女性の生殖選択を支持する民主党を咎めるならば、彼らの持つ免税権利は剥奪されるかもしれない。」
これはつい最近、バイデン米大統領とカトリック教会司祭たちの間で起こったやりとりに関する、ある政治家の意見です。
バイデン氏は、アメリカ史上2人目のカトリック教徒大統領で、度々教会のミサに参加する姿も目撃されています。
そんな一見敬虔なカトリック信者とも思えるバイデン氏ですが、中絶賛成の立場をとっているため、中絶反対派のカトリック教会が、バイデン氏の聖体拝領を拒否したそうです。
聖体拝領とは、
「主イエスは、引き渡される夜、パンを取り、 感謝の祈りをささげてそれを裂き、『これは、あなたがたのためのわたしの体である。わたしの記念としてこのように行いなさい』と言われました。 また、食事の後で、杯も同じようにして、『この杯は、わたしの血によって立てられる新しい契約である。飲む度に、わたしの記念としてこのように行いなさい』と言われました。 だから、あなたがたは、このパンを食べこの杯を飲むごとに、主が来られるときまで、主の死を告げ知らせるのです。」(コリントの信徒への手紙一 11:23-26)
と聖書にあるように、パンをイエスの体、ワインをイエスの血として受け取ることで、イエスの十字架での死と血によってもたらされた、神からの許しと永遠の命を忘れずに感謝する行いです。
つまり、イエスが私たちのためにしてくれたこと、そして、イエスの教えに同意して受け取ることに意味があります。
そうでなければ、
「ふさわしくないままで主のパンを食べたり、その杯を飲んだりする者は、主の体と血に対して罪を犯すことになります。」(コリントの信徒への手紙一 11:27-29)
とも書かれているように、その聖餐に意味がないどころか、その行為は罪ともされています。
だからこそ、カトリック司祭たちは、中絶(殺人)を罪とする神の言葉に反し、中絶に賛成するバイデン氏が聖体拝領することを拒否したのです。
カトリック教会が中絶反対の立場を取るのは、今に始まったことではありません。約2000年以上も前からずっとです。
それがここにきて突如、彼らはその信仰を攻撃されているのです。
また別のニュースでは、クリスチャンとしての信仰を理由に、性転換したお祝いのケーキを作成することを拒否したケーキ職人が、差別者として訴えられ、敗訴したことが話題になっていました。
聖書に、こう書かれています。
「他人の罪に加わってもなりません。いつも潔白でいなさい。」(テモテへの手紙一 5:22)
中絶や同性愛が神に対する罪だと知っていながら、その罪に加担したり、助長することは、神の望むことではありません。
政府の方針や社会の風潮が自らの信仰と反する時、これまでは、「宗教の自由」という基本的な人権のもと、信仰を優先することが許されてきました。
しかしこれらの報道からも分かるように、もはやそれは過去のものとなってしまいました。
中絶は、女性としての権利。
同性愛も、人間としての権利。
これらに反する者は差別者であり、罰せられるべきだ。
これからはそうなるのでしょう。
「キリスト・イエスに結ばれて信心深く生きようとする人は皆、迫害を受けます。」(テモテへの手紙二 3:12)
迫害は、もはや中東やアフリカ諸国だけではなく、かつてはキリスト教国といわれたアメリカでも起こり始めています。
中絶や同性愛がもっと支持されるようになれば、クリスチャンに対する迫害はますますひどくなるでしょう。
これからは、クリスチャンにとって生きにくい時代です。
でも、同時にそれは、終わりの時が近づいている証拠でもあります。
何度もいいますが、クリスチャンが中絶や同性愛に反対の立場を取る時、それは中絶する人や同性愛者を憎んでいるからではありません。
むしろ、そういった人たちが罪とは何かを知り、悔い改め、地獄ではなく天国に行って欲しいと願うからです。
一人でも多くの人が、この世での一時的な快楽ではなく、永遠に続く幸せを選びますように。
アーメン✝️
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