ある男の子が、教会で知り合いの人のオフィスに挨拶に行くと、箱に入ったドーナツを見つけたそうです。
「自由にとっていいよ」と言われたドーナツ大好きなこの男の子は、嬉しくなって2つ、両手に持って去ろうとしました。
男の子の家族も教会にいることを知っていたこの知り合いは、「箱ごと持っていっていいよ」と男の子に言いました。
2つどころか箱いっぱいのドーナツをもらえることになったこの男の子は、嬉しさと戸惑いの狭間にありました。
箱を持っていくには、今両手にあるドーナツを手放さなければいけなかったからです。
2つのドーナツを手放すことによって、家族と分けるにしても十分すぎるほど沢山のドーナツが手に入ることになったのに、この男の子は目の前にあるドーナツだけに目がいってしまい、箱いっぱいのドーナツのことを考えられませんでした。
私たちも、目の前にあるものだけに執着してしまい、それらを手放すことによって得られる更に最高なものを見逃してしまうことがあります。
「手放す」ということは、簡単なことではありません。
それが富や名声、人間関係、お酒、趣味、娯楽など、自分の人生を一時期的に豊かにしたり、幸せにするものなら尚更です。
私がクリスチャンになることをためらった理由の一つにも、それまで当たり前のように楽しんでいたことができなくなる、という気持ちからでした。
クリスチャンであるということだけで、それまでの色んな人間関係や生活環境が大きく変わってしまうことが嫌でした。
男の子のように、両手のドーナツを手放したくなかったのです。
でも私はある日、思い切ってそれまで頑なにしがみついていたものを全て手放すことにしました。
その先に待っていたのは、想像を遥かに超える喜びや幸せ、愛でした。
一時期的な楽しみを手放した私に、神は永遠に続く喜びを与えてくれたのです。
「わたしのもとに来る者は決して飢えることがなく、わたしを信じる者は決して渇くことがない。」(ヨハネによる福音書 6:35)
神であるイエス・キリストの言葉です。
この世が私たちに与える幸せや楽しみは、どれも全て一時期的なものです。
その時々で欲望は満たされるかもしれませんが、どれも長続きしないのでまた欲しくなる、といったことの繰り返しです。
しかしイエスが与える幸せや喜びは、例え辛い状況にあろうとも、私たちを絶えず満たしてくれます。
この幸せや喜びを得るために私たちがしなければならないことは、神に来るための妨げになっている全てのものを手放すことです。
誰でも神から与えられた良心があります。
この良心がうずくこと、つまり心の奥底で「自分に悪い影響を及ぼしているな」と分かる自らの行動や人間関係から離れることが、神が一人一人に用意した最高の計画と永遠に続く喜びを得られる第一歩なのです。
イエス・キリストはこう言います。
「わたしが来たのは、いのちをあふれるほど豊かに与えるためです。」(ヨハネの福音書 10:10)
両手に握りしめているものを手放した先には、想像もできないほど素晴らしいものが待っているのです。
アーメン✝️
心の底から祈りましょう⬇︎
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https://www.bible.com/ja/bible/83/PSA.19.JCB
Heavenly Father, please give us strength and boldness to let go of anything that keeps us away from You. Help us turn away from them and turn to You, THE EVERLASTING JOY. Guide us to the perfect plan thay You have for each one of us.. In Jesus name.. AMEN.

