「神は愛です。愛にとどまる人は、神の内にとどまり、神もその人の内にとどまってくださいます。」(ヨハネ Ⅰ 4:16)
という聖句があります。
私たちを創造した神は、私たちを愛してくれています。
それは私たちが愛するに値するからではなく、神自身が愛だからです。
そんな愛について、聖書ではこう書かれています。
「愛は忍耐強い。愛は情け深い。ねたまない。愛は自慢せず、高ぶらない。 礼を失せず、自分の利益を求めず、いらだたず、恨みを抱かない。 不義を喜ばず、真実を喜ぶ。 すべてを忍び、すべてを信じ、すべてを望み、すべてに耐える。 愛は決して滅びない。」(コリント Ⅰ 13:4-8)
この聖句は、
「イエスは忍耐強い。イエスは情け深い。イエスはねたまない。イエスは自慢せず、高ぶらない。イエスは礼を失せず、自分の利益を求めず、いらだたず、恨みを抱かない。イエスは不義を喜ばず、真実を喜ぶ。すべてを忍び、すべてを信じ、すべてに耐える。イエスは決して滅びない。」
と、愛という言葉を私たちの神であるイエス・キリストにそっくりそのまま置き換えることができます。
イエスは神であり、神は愛だからです。
問題は、この聖句の「愛」を自分の名前を置き換えても本当のことが言えるか、です。
この話を先日主人から聞いた時、ハッとさせられました。
イエスを神として受け入れてから、私は今まで経験したこともないほどの愛を知ることができました。
自分の為に命を投げ出してくれる神に愛されている、という事実は、それまで自分中心に生き、本当の愛を知らなかった私を大きく変えてくれました。
それでもすぐ自分勝手になってしまう自分がいました。
尽くすよりも尽くされたい。
自分のことをもっと構ってほしい。
など、知らず知らずに自分の利益を求めていました。
神の愛を知ることは、さほど難しいことではありません。
でもその愛を自分の言動や行動に反映させることは、言うほど簡単ではありません。
イエスは愛することについてこう述べています。
「あなたがたに新しい掟を与える。互いに愛し合いなさい。わたしがあなたがたを愛したように、あなたがたも互いに愛し合いなさい。 互いに愛し合うならば、それによってあなたがたがわたしの弟子であることを、皆が知るようになる。」(ヨハネ 13:34-35)
神の愛を知った私たちがその愛で周りの人に接することで、まだ神の愛を知らない人の目がキリストに向くようになる。
「子たちよ、言葉や口先だけではなく、行いをもって誠実に愛し合おう。」(ヨハネ Ⅰ 3:18)
とあるように、神の愛をただ語るよりも、行動が大切だと改めて気づかされます。
イエス・キリストは、どんな時もどんな罪人でも完璧の愛で私たち全人類を愛してくれます。
自分を裏切り、暴行し、馬鹿にし、殺した人たちのことでさえも全く憎むことなく愛しました。
私たちは何度も罪を犯し、神を裏切り続け、神をガッカリさせるようなことをし続けますが、それでも神の愛は絶対に変わることがありません。
ここまでの愛を示してくれる神に感謝し、自分勝手な自分を悔い改めて、キリストの愛をもっと行動で示せるように、神に祈り続けたいと思います。
そして、このブログを読む方々が、神の愛を少しでも感じることができるよう、お祈りしています。
アーメン✝️🙏
聖書アプリ(無料) ⬇️
https://www.bible.com/ja/bible/83/1CO.13.JCB
[クリスチャンになる祈り - 心の底から祈りましょう]
Father in heaven, hollowed be Your name, Your Kingdom come, Your will be done.. Help us love one other just as You love us.. Let us show Christ in everything we do so people would see Him. May Your love spread all over the world.. In Jesus name.. AMEN.

