神に導かれる計画は絶対に失敗しない | 死ぬまでに必ず知っておくべきこと - JESUS

聖書に、ヨシュアという人物がいます。

神の民であるユダヤ人は、400年もの間エジプト人に奴隷として使われていました。そんなユダヤ人の嘆きを聞いた神は、彼らを助け出し、約束の地であるカナン(現イスラエル)へと導き始めます。

その時彼らを率いるリーダーとして神が選んだのはモーセですが、ヨシュアはモーセの死後に新リーダーとして選ばれました。

 

 

神である主は、モーセと同様にヨシュアを約束の地へと導きます。

時にそれは、強敵のいる町に侵攻して占領する、すなわち戦うことを意味しましたが、神に従順であり、神に全てを委ねる限り、彼らを行く先々で勝利を収めました。

 

 

その一つがエリコという町です。エリコは、ユダヤ人達の攻撃に備え、城門を固く閉ざしていました。

 

 

神である主は、ヨシュアにこう言います。

 

 

「見よ、わたしはエリコとその王と勇士たちをあなたの手に渡す。 あなたたち兵士は皆、町の周りを回りなさい。町を一周し、それを六日間続けなさい。 七人の祭司は、それぞれ雄羊の角笛を携えて神の箱を先導しなさい。七日目には、町を七周し、祭司たちは角笛を吹き鳴らしなさい。 彼らが雄羊の角笛を長く吹き鳴らし、その音があなたたちの耳に達したら、民は皆、鬨の声をあげなさい。町の城壁は崩れ落ちるから、民は、それぞれ、その場所から突入しなさい。」(ヨシュア記‬ ‭6:2-5‬‬)

 

 

 

普通なら、「全兵士引き連れて町の周りを回りなさい」という命令はなんだか滑稽にも思えます。それ自体に一体何の意味があるのだろう、と不思議に思ってしまいます。

 

 

しかしヨシュアは迷うことなく主の言う通りにし、全員ヨシュアに従いました。

 

 

とうとう7日目、突入の日がやってきました。

ヨシュアは、みなにこう命じました。

 

 

「鬨の声をあげよ。主はあなたたちにこの町を与えられた。 町とその中にあるものは、ことごとく滅ぼし尽くして主にささげよ。ただし、遊女ラハブおよび彼女と一緒に家の中にいる者は皆、生かしておきなさい。我々が遣わした使いをかくまってくれたからである。(ラハブについては以前のブログで詳しく書いています)

あなたたちはただ滅ぼし尽くすべきものを欲しがらないように気をつけ、滅ぼし尽くすべきものの一部でもかすめ取ってイスラエルの宿営全体を滅ぼすような不幸を招かないようにせよ。 金、銀、銅器、鉄器はすべて主にささげる聖なるものであるから、主の宝物倉に納めよ。」(ヨシュア記‬ ‭6:16-19‬‬)

 

 

 

つまり、いわゆる戦利品はひとつとして取ってはいけない、金品類は全て神に捧げ、残りは滅ぼせ、と命じたのです。

 

 

主の約束通り、エリコの城壁は民の鬨の声と共に崩れ落ち、イスラエル軍は見事にエリコを占領することに成功し、ジョシュア達は金などの高価なものは全て神に捧げ、残りは焼き払いました。

 

 

しかし、アカンというユダヤ人は命令に従わず、主に捧げるべき金品を盗み取ってしまいました。

人の目はごまかせても、主の目は絶対にごまかせません。

 

 

この一件で、主の怒りはアカンのみならず、ヨシュアが言っていたようにイスラエル人全体に広がりました。

 

 

エリコ占領のあと、ヨシュアはアイという町に数人を偵察に遣わせました。

戻ってきた彼らは、

 

 

「アイを撃つのに全軍が出撃するには及びません。二、三千人が行けばいいでしょう。取るに足りぬ相手ですから、全軍をつぎ込むことはありません。」(‭‭ヨシュア記‬ ‭7:3‬‬)

 

 

と、エリコでの成功で自信をつけたのか、強気の発言をします。

 

 

そこで約3000人の兵士がアイを攻撃しましたが、イスラエル軍は勝つことができませんでした。そして、36人の兵士が殺されてしまいました。

 

 

 

ヨシュアは嘆き悲しみ、主にこう問いかけます。

 

 

「主よ、イスラエルが敵に背を向けて逃げ帰った今となって、わたしは何と言えばいいのでしょう。 カナン人やこの土地の住民は、このことを聞いたなら、わたしたちを攻め囲んで皆殺しにし、わたしたちの名を地から断ってしまうでしょう。あなたは、御自分の偉大な御名のゆえに、何をしてくださるのですか。」(‭‭ヨシュア記‬ ‭7:8-9‬‬)

 

 

 

これに対し、主はこう言います。

 

 

「立ちなさい。なぜ、そのようにひれ伏しているのか。 イスラエルは罪を犯し、わたしが命じた契約を破り、滅ぼし尽くしてささげるべきものの一部を盗み取り、ごまかして自分のものにした。 だから、イスラエルの人々は、敵に立ち向かうことができず、敵に背を向けて逃げ、滅ぼし尽くされるべきものとなってしまった。もし、あなたたちの間から滅ぼし尽くすべきものを一掃しないなら、わたしは、もはやあなたたちと共にいない。 立って民を清め、『明日に備えて自分を聖別せよ』と命じなさい。イスラエルの神、主が、『イスラエルよ、あなたたちの中に滅ぼし尽くすべきものが残っている。それを除き去るまでは敵に立ち向かうことはできない』と言われるからである。」(ヨシュア記‬ ‭7:10-13‬‬)

 

 

 

私たちは、この話から多くのことを学ぶことができます。

 

それは、

 

  • 主の導きによる計画は、どんなに不可能に見えても成功する
  • 主に従順であることの大切さ
  • 主に背いたらどうなるか
  • 自分の判断で動かない
  • 一人の人間の罪の重さ
 
です。

 

 

エリコは、その城門を固く閉ざしていたため、イスラエル軍が侵入する道はどこにもありませんでした。しかし、神の導き、そして人々が神に忠実に従ったため、その道は開かれ、成功しました。

 

 

反対にアリでの戦いは、主へ背いたこと、そして主の導きを仰ぐことをせず、自分たちの力を過信して動いたことにより、敗北を招きました。

 

 

そして、たった一人の罪が、36人の命が奪い、全ての民を失意と悲しみに陥れました。

 

 

 

聖書にこんな聖句があります。

 

 

「人はたくさんの計画を立てますが、 主の計画だけが成るのです。」(箴言 ‭19:21‬‬)

 

 

 

アリでの敗北のあと、罪を犯したアカンとその家族は石打ちの刑に遭い、殺されました。

 

 

そして今度は主の導きでアリを再度攻撃し、イスラエル軍は勝利を収め、主はさらに「全ての戦利品は皆好きなように取ってよい」と命じました。

 

 

あの時欲に目が眩むことなく、主に従っていれば、アカンも堂々と戦利品を受け取ることができたのです。

 

 

私たちは物事が上手く行っていると、それがまるで自分の力によるものだと勘違いし、自分の判断を過信するようになることがあります。

そして、行き詰まったとき、困ったときだけ、「最後の手段」として神頼みすることがあります。

 

 

しかし今回の話からも分かるように、成功へと導いてくれるのは神であり、私たちは何かを始める前にまず神に祈り、神の導きを仰ぐことが大切です。

 

 

 

ヨシュアは自らの失敗から学び、その後は神に忠実に従い続け、ユダヤ人を約束の地へと導きました。

 

 

老いたヨシュアは民にこう言います。

 

 

「主のお約束はすべて実現した。 だが主は、約束どおり良いものを与えてくださったのと同じ確かさで、あなたがたが従わない場合には、災いを下す方である。」(‭‭ヨシュア記‬ ‭23:14-16‬‬)

 

 

「あなたがたは一人で千人を向こうに回して戦うことができる。主が約束どおり、あなたがたに味方して戦ってくださるからだ。 心して、いつまでも主を愛し続けなさい。」(‭‭ヨシュア記‬ ‭23:10-11‬‬)

 

 

 

このブログを読む方が、主を敬い、良い意味で恐れる心を持ち、主の導きによって私たちにとっての約束の地である天国へと入れることを祈っています。

 

 

 

アーメン✝️🙏

 

 

 

 

 

 

[クリスチャンになる祈り-心の底から祈りましょう]

 

 

Father in heaven, hollowed by Your name, Your Kingdome come, Your will be done... Thank you for the story of Joshua so we can learn from his mistakes and his faithfulness. May You continue to guide us and help us always rely on You instead of our own understanding... In Jesus name... AMEN.