以前、こんなことを聞いたことがあります。
「幸せ(happiness)とは、何かが起こる(happen)ことで得られる条件付きのもの。神であるイエス・キリストが私たちに与えて下さる喜び(joy)とは、何が起こっても起こらなくても常に感じていられるもの。」
幸せになるための習慣、メイク、幸せを呼び込む行いやアイテムなど、私たち人間はよく「幸せ」を追求します。
しかし俗に言う「幸せ」は、通常長くは続きません。
それは幸せが、物欲、肉体の欲、願望などが満たされるなど、「何か」が起こることで一時期にもたらされるものであり、それをぶち壊す別の何かが起これば、その幸せは一瞬にして消えてしまうからです。
イエス・キリストを神として受け入れることで与えられる聖霊は、
「喜び、平和、寛容、親切、善意、誠実、 柔和、節制」(ガラテヤ 5:22-23)
で私たちを満たしてくれます。
喜びは、周りのものに振り回されません。
つまり、喜びを感じていると、自分が望むものが得られなくても、もっと言うなら最悪の試練の最中にいても、その心の平穏は決して奪われることはありません。
こんな聖句があります。
「神は生きる喜びを教え、 永遠に共にいてくださるという無上の喜びを経験させてくださいます。」(詩篇 16:11)
神であるイエス・キリストは弟子たちに、
「わたしにつながっていなさい。」(ヨハネ 15:4)
「わたしの愛にとどまりなさい。」(ヨハネ 15:9)
と説きました。
そして、
「これらのことを話したのは、わたしの喜びがあなたがたの内にあり、あなたがたの喜びが満たされるためである。」(ヨハネ 15:11)
と、言いました。
クリスチャンとして歩む信仰の道は、順調ではありません。
イエスに繋がるほどこの世のものとの繋がりが浅くなり、イエスの愛に留まるほどこの世から嫌われ、悪魔からの攻撃は醜いです。
また、神に仕える教会のスタッフなどは、寄付金がお給料なので、裕福な生活とはかけ離れた生活をしています。時にはギリギリの生活も強いられます。
それでもクリスチャンが常に喜びと平穏で満たされているのは、イエスがイエスを信じる人にこう約束するからです。
「あなたがたに贈り物をあげましょう。あなたがたの思いと心を安らかにすること、それがわたしの贈り物です。わたしが与える平安は、この世のはかない平安とは比べものになりません。」(ヨハネ 14:27)
イエスを神として受け入れ、周りのものや感情に左右される一時期的な幸せではなく、永遠に変わることのない、絶対的な神であるイエス・キリストによってだけ与えられる喜びを、ぜひ手にしませんか?
この喜びは、新年早々大凶を引いたとしても、新しい年が厄年であろうと、絶対に奪われることはありません。
心の底から祈りましょう⬇︎
Heavenly Father, I pray that You would bless everyone who reads this message and fill them with joy and peace that surpass all human understanding. May You be forever glorified.. In Jesus name.. AMEN.

