国立での練習の後,


疲れていたと言いつつ,みんなで

アルコールつきのお茶(って,つまり飲み)をしに行きました。


万豚記


国立駅と谷保駅の間くらいにある「万豚記」。

交差点の角にあり,

何気にオープンエア中華屋(ってなんだ)です。


この写真はお店出たときに撮ったので暗いんですが,

入ったときは午後4時半で,

まだ明るかったです。


時間帯的には,遅めのマダムのお茶時間です。

にしても,

明るいうちから飲むと妙な優越感を感じますね~。




メニューでこんなのを見つけました。

マーラーメニュー2種。


レバニラマーラー

レバニラマーラー



くれないマーラー

くれないマーラー


ちなみに,いずれも注文してません(おいおい)。


今度マーラーを演奏するときは,

レバニラとくれないのマーラーを思い出してみます。

意味不明だ…


飲み会,もとい「お茶」の席で話したところによると,

このblogをチェックしてる人もいるらしく,

ありがたいことでした。


殆ど,うちの夫婦がロシア話をしゃべりまくってた

ような気がするんだけど…すいません。


お詫びにこんなのを。

ムラヴィンスキー


指揮者ムラヴィンスキーの像(っていうのか)。

サンクトペテルブルクにある

「サンクトペテルブルク・フィルハーモニー」の

建物の壁にこれがあります。


この周辺で写真を撮りまくってた

あやしい日本人夫婦は私達です。


私達夫婦が旧ソ連の作曲家ショスタコーヴィチ

をこよなく愛することは前にも書きましたが,

ショスタコを語るとき,その歴史にムラヴィンスキーは欠かせません。

ショスタコの作曲したシンフォニーのいくつかを

ムラヴィンスキーが初演しています。


なので,この「サンクトペテルブルク・フィルハーモニー」

の大ホールで,サンクトペテルブルク・フィルの演奏する

ショスタコ作品を聴くことは,私達の夢でもあります。


余談まくりですが,数日前

9月6日は市名がサンクト・ペテルブルグに戻った日だそうです。


※ロシア・ソビエト連邦社会主義共和国

最高会議幹部会によって制定され、

1991年より名称がレニングラードからサンクト・
ペテルブルグに戻されました。
ご存知の通り、この市名は時代と共に何度か名称が変わっており、

1703年-1914年はサンクト・ペテルブルグ
1914年-1924年はペトログラード
1924年-1991年はレニングラード
と変遷しています。

(自分が購読しているメルマガ「ロシアなひととき」より)


ロシア話も出つつ,しっかり中華料理を食べ,

万国を旅した気分になり(妄想ともいう。),

いつの間にか日没した午後6時半

お開きとなったのでした。


…お茶ですからね~。

もちろん国立は日本なので,時差はありません。