自己制限的な概念と金運 | 心理療法と発達相談、現実系スピ|滋賀県 サクラトリニティ

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心と体、両面からのアプローチで、もっと自分を幸せにできる、もっと自分のビジョンを実現できる自分になりたい方へ

忘れもしない、2005年7月のある日。


私の財布の中には、11000円しか入っていませんでした。


これが当時、私が自由に出来るお金のすべてでした(笑)




セラピストとして一応安定した収入はあったのですが、その月は何かと物入りで、また、びっくりするくらい予約や講座が入らなかったんですよ。




そんな時に友達に会いに行きました。


彼女は借金が1000万円近くありましたが、必死に返して楽になろうともせず、スポーツジムや勉強も楽しみながら、コツコツと返済し、借金があるとは思えないくらい人生を謳歌していました。




その彼女がまた昔話をしてくれました。




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彼女は借金に追われ、引き落とし前日に通帳にお金が100円も入っていない・・・ということがよくあったそうです。しかし、当日の朝に顧客からの振込があって、1円単位で引き落とし金額ぴったりとなり、無事引き落としがかかった、ということが2年も続いたそうです。




「私には、すべて過不足なく与えられている」と、すごく喜んでいた彼女。


彼女の話を聞いた周りの人も、凄いわね~!と感動しながら話を聞いてくれたそうです。




しかしある日、彼女はある大成功しているスピリチュアルな女性に、その話をしたそうです。


「凄いわねー!」って言ってもらえると思って。しかしその女性の反応は違いました。




「お前、アホやろ?!一円単位でぴったり入ってくることを


喜んでるから、一円単位でしかぴったり入ってこないんだろうが。


もっと望めば入ってくるってことにも気づかんとはほんまアホやわ」




彼女は目からうろこ。私も話を途中まで聞いていて


「1円単位でぴったりが2年か、すごいなー!」と思ったとこだったので、超目からうろこ(笑)




彼女はその日、もっとくれと思うようにしたそうです。


するとその次から1円単位でぴったりは消え、+数万、+数十万になって


今の彼女はそれなりのお金持ち。






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私は当時、清貧万歳で、自分に必要最低限のお金しかいらないと思っていました。


人は、お金持ちを否定しますし、たくさんお金を持つことで嫌われることも怖かったんだと思います。




でも、止める必要はないんですよね。もし必要以上に入ってきたら、自分以外の自分が本当に良いと思うために使えばいいんです。寄付でもいいわけですし。




「自分の衣食住と学びの、必要最低限でいい」の「必要最低限」さえ、自分の決めた枠の中なのではないか?と思いました。




そうだ、よく考えたら、お金って、物々交換が大変だからって作られた、便利なシステムだったはず。


米を作った人が肉が欲しくても、いつも米俵を担いでいるのは大変。


だから貨幣というシステムを作り、米は1Kgあたり3000円!、


肉は1Kgあたり5000円!と労力と経費から相場が決められ、


いつも米俵を持ち歩いていなくても肉や野菜を「等価交換」で変えられるようにした。


それがお金システム。


なのに、人が欲を出したことで悪いもの扱いされるようになった、かわいそうなお金ちゃん。




お金をあまり要らないと思うことも、必要以上に奪うように欲しがることも、同様にお金に傷つき、お金を悪者にしているんですよね。それもやめようと思いました。




・・・・私は、すべての概念を外したい。自分に入ってくるものすべてを受け入れてもいいじゃないか。問題はそれを自分が良いと思うことのために使うかどうかだけなんだから!すべてはエネルギーの循環でしかない。






そう思った私は、概念をはずそうと思いました。


彼女がそうしたように。






すると、その次の月から、収入が数倍になりました。


それに合わせ、自分が学びのために使う額も、かなりの物になりましたが、たくさんの効果的な心理療法やワークを学ぶことが出来ました。そしてそれを還元していっています。




すべては流れゆく川の流れのように任せておけば良い。堰は、創る必要がある時だけ作れば良いんですよね。


この時から、より、自分の中に流れる波のようなものを感じられるようになった気がします。




自己制限がある方や何かを憎む人は、自分という川の中に堰を作っています。


堰があることで川の流れが微妙に変わります。すると、自分の中に流れている本来の流れに、気づくことが出来ないでしょう。


そして、自らと、自らの周りの出来事をコントロールしようとし、うまく行かないときに苦しむことがあります。




自分や周りや概念で何かを否定してコントロールしようとしなくても、色々となるようになる、それを信じることが人生を愛することなんじゃないかと思っています。