ノンフィクション 古賀正紘 4 | All or nothing

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「みんなが思っているより負けず嫌い」


9月18日、ヤマハスタジアム。23節、FC東京戦で2試合連続先発出場を果たしている。

開始1分、最初のシュートは古賀だった。CK、日本代表の今野泰幸のマークをたやすくかわし、ファーポストから高さのあるヘディングを打ち込んだ。
惜しくもネットを揺らせなかったが、記者席からは「やっぱり強いな」という感嘆の声が漏れた。
J1残留のために負けられない東京が、大黒将志や石川直宏を中心に怒濤の如く攻め寄せるも、古賀は読みの良さと体を投げ出すようなタックルで、要塞の門番のように立ちふさがった。


守備に安定感の出た磐田の攻撃陣は、東京の守りを面白いように突き崩した。
圧倒的にボールを支配し、ジウシーニョ、前田のツートップが前半で2得点し、スタジアムには楽勝ムードすら漂った。
しかし後半60分、石川にミドルを放り込まれて1点差に詰め寄られた磐田は精神的に受けにまわったのか。終盤の磐田は防戦一方、間隙を縫って繰り出すカウンターも不発に終わった。


危険な状況下で、古賀は力攻めを挑む東京の攻撃を何度も跳ね返した。ロスタイムには、足をつるほどの奮闘ぶりだった。
最後の放り込み、思うようにならなくなった足で踏ん張り、彼は渾身のヘディングでクリアした。
終了のホイッスルが鳴り響いたとき、思わず右拳を作り、小さいガッツポーズを作った。イ・カンジン、パク・チュホ、川口能活ら、守備陣と熱い抱擁を交わした。


「古賀さんは高さがあるし、落ち着いている。守備は安定しました。だから、僕ら攻撃陣としては思いっきりやるだけです」

柏でもチームメイトで、磐田で再会したMFの菅沼実は証言している。


「人間的に大好きな人ですし、尊敬しています。柏時代もそうだったけど、あれだけキャリアがあるのに、いつも謙虚で前向き。
行動も発言も、どんなときもスタンスが変わらないんです。磐田に来てからも、誰よりも声を出せるので早くもみんなから信頼されていますね」

獅子奮迅の活躍で砦を守った彼は、DFとしては珍しくマンオブザマッチを受賞したが、お立ち台での挨拶は彼ならではだった。

「嬉しいんですけど、僕でいいのかな?」

古賀は新天地で着実にその足跡を刻んでいた。



「柏で試合に出られなかったときは、相当苦しかったと思います」

結婚8年目になる古賀宏美夫人は、最愛の夫を気遣うように語った。

「ある日、私は娘たちと練習を見に行ったら、引き上げてくる選手の中に夫の姿が見えなかったんです。
通りかかった北嶋(秀朗)選手に『もう上がったの?』と聞いたら、彼が言いにくそうに『あっちだよ』って指を差すんですよ。
グラウンドの隅っこで、数人でボール回しをしていました。契約は残っていましたが、『ここで頑張って』とはもう言えなくなりました」


独身の頃の古賀は特に感情の浮き沈みが激しかったと言う。長女が生まれるまでは亭主関白で、何があっても謝らない頑固さが玉に瑕(きず)。夫婦は些細なことでも喧嘩することが多かった。
「その日の内に仲直りしよう」と二人で取り決めて乗り切ったが、当時は彼女が折れてばかりだった。「試合に差し障りがあっては」という、アスリートの妻としての配慮だった。

しかし、家族が増えるようになってからの夫は娘を愛し、家族を第一に考えてくれるようになったと言う。

「夫は優しい人。家にいても謙虚です。もう少し調子に乗ってもいいんじゃないか、と思うことがあるくらい(笑)。
私がサッカーのことを分からないのもあるんでしょうけど、結婚するまで彼が日本代表ユースや五輪候補などに選ばれたことを聞かされたことがなくて。
お義父さんから聞きました。自慢話をしない人。誰に対しても腰が低いし、亡くなったお母さんに“どうすればこんな風に育つのか”聞いてみたい」


妻は、後輩で同じポジションの近藤直也の活躍を我がことのように夫が喜ぶ姿に、感動すら覚えたことがある。自分そっちのけで、「あいつは本当にいい選手だからな」と顔をくしゃくしゃにしてエールを送る。そんなチームメイト思いの夫を、なぜ監督は虐(しいた)げるのか、彼女は妻として憎らしく思わずにはいられなかった。

「柏での経験がなかったら今はない、と言えるよう、家族みんなでなっていきたいです。離ればなれは寂しいですよ。週末に来ると、長女が『パパ、ずっといる?』って聞くんです。帰っちゃうのを知っていて、泣くんですよ。パパは娘に甘いから……今は居心地のいいチームで、彼にはプレイに専念してもらいたい。あれだけプレイできなくて落ち込んでいる姿を見てきたから」

二児を育てる逞しき母は、家族一致団結の共闘を宣言した。

連日の酷暑が去り、ようやく秋の足跡が聞こえてきた頃、古賀は浜松市にある焼鳥屋で家族団欒のひとときを過ごし、英気を養っていた。柏から移籍後2ヵ月足らず、まだ慣れないことだらけだったが、試合に向けて準備できる喜びに浸った。

「今の夢は子供の成長を見守ること。二人の娘に、自分がサッカー選手だったことを覚えていて欲しい」

彼は娘の優咲をあやしながら言う。その笑顔は柔らかく、ピッチで猛々しく吠える表情とは、まるで結びつかない。


「今回の移籍で、“保証された世界ではないんだな”というのを改めて感じました。でも同時に、試合に出る喜びを感じることができましたね。ピッチに立てない時間を過ごしたことで、むしろモチベーションは上がりました。三十代で日本代表へ? 夢とは言わないけど、あそこは別世界ですよ。自分はとてもそんなレベルの選手じゃないです」

大真面目な顔で語る彼は、誰よりも自分の能力に懐疑的で、警戒心を失わない。その用心深さと慎ましさは、大化けするのには邪魔になったとも言える。しかし一方で、三十代以上の選手が軒並みリストラの対象になる中、彼はJ2柏で出場機会がなかったにもかかわらず、今やJ1磐田で目覚ましい活躍を遂げている。

「古賀ちゃんは努力を惜しまず、素直に仕事をする。自分よりもチームを第一に考えて謙虚。そんな選手は誰かが必ず必要とするのさ」と元同僚たちは異口同音の証言を並べた。

「今までは試合に出ることが当たり前だった。でも最近は、ルーキーの頃の気持ちを思い出しています」

古賀は今の心境を恬淡(てんたん)として語ったが、久々にピッチへ戻った恍惚が密やかに彼を刺激しているのは間違いない。


「磐田に来て試合に出られるようになって、“本当の自分はこんなものではない。なんでこんなに飛べなくなったんだ”とまだまだ出来に不満があるんです。長く世話になっているトレーナーにも電話して相談したくらい。ケガする前の自分を美化しているのかも知れませんけどね。

メンバーにも入れない時間は特別でした。自分のプレイが劣化していく恐怖は初めての経験だった。でも、そのおかげで今があるわけで、1試合1試合、悔いが残らないようチャレンジしていきたい。それに、俺はみんなが思っているよりも、負けず嫌いですよ」

もしやこの移籍をキッカケに変身を遂げるのでは――。

しかし、男は日に焼けた精悍な顔を綻(ほころ)ばせ、何度も首を横に振った。

「先日、GKの川口さんから、『古賀ちゃんはマツ(横浜Fマリノスの松田直樹)みたいなプレイするから、すごくやりやすいよ。ボールを持って攻め上がれるし、空中戦に強く、動きがダイナミック』と褒めてもらったんです。でも嬉しいよりも、恐れ多くて。松田さんは高校時代の憧れだったから……自分なんかは足元にも及ばないです」

甘えてすり寄ってきた娘を、彼は優しく抱きしめた。







古賀選手・・・

退場するのもハードなタックルも古賀選手そのものだと自負してます☆。

これからもジュビロ磐田で大いに羽根広げて相手を困らせて下さい。

磐田に来てくれてありがとう・・・☆★☆

☆END☆