日本のエース
現在、球界の最も大きな関心事は松坂のメジャー・リーグ挑戦だ。日本を代表するエースである松坂のメジャー挑戦だけに、日本のファンだけでなくアメリカの野球ファンの間でも大きな注目を集めている。
関係者は皆、口を揃えて「松坂が活躍する事は当たり前」だと発言をしている。松坂の活躍を疑問視する人はほとんどいないのが現状だ。実際、松坂はどれくらい活躍出来るのだろうか。正確なものさしとは言えないが、松坂の活躍を占う上で格好の人物がいる。ご存知、日本人メジャーリーガーのパイオニア、野茂英雄である。
野茂と松坂の共通点
この二人、意外にも共通点は多い。野茂は1968年生まれでメジャー1年目が1995年、松坂は1980年生まれでメジャー1年目が2007年、ともにメジャー挑戦が27歳になる年なのである。また、両投手ともその若さで日本球界ナンバー1投手の称号を手にしている事、そして、選手としてのピークをこれから迎える事、国際大会に日本のエースとして登板した事、右投げの先発完投タイプの投手だという事も共通点であると言えるだろう。では、松坂と野茂の成績を比較してみるとどうなのだろうか。
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野茂は日本球界最後の3年間で43勝27敗、松坂が41勝24敗とほぼ同じ程度の成績を残している。防御率は松坂が驚異的とも言える数字で野茂を圧倒している一方、奪三振率では野茂が松坂を上回っている。両者とも日本のエースと呼ばれるに相応しい成績を残して海を渡っているのである。
特筆すべきは、野茂がメジャー1年目に残した成績である。ほぼ全ての項目において日本時代より成績が良化したのである。この年の成績は、防御率がMLB全体で第3位、被打率・奪三振率においてはMLB全体(規定投球回以上投手を対象)でトップという、とんでもない成績を残したのだ。ちなみにその時、防御率で野茂を上回っていた投手は、1位が現ドジャースのG.マダックス、2位が現ヤンキース(ともに11月7日現在)のR.ジョンソンというMLBの歴史に名を残す二人の大投手である。野茂は1年目にして世界最高クラスの投手達に肩を並べたのである。
では、松坂は野茂と同レベルの活躍が期待出来るのだろうか。その予測を行うにあたり、両者の投手としての質の違いを認識する必要があるだろう。
「専門店」と「百貨店」
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当時の野茂の投球を一言で表すならば、「豪快」という言葉が最も当てはまるだろう。投げる球種のほとんどはストレートとフォークのみ。しかし、両球種とも素晴らしい威力を誇り、特にフォークボールはメジャーの並みいる強打者達から空振りを奪い続けた。
一方の松坂は野茂のフォークと同様、スライダーという得意球を持っている。投球割合は30%近く、被打率.175と精度も高い。また、ストレートに威力がある事も同じだ。
ただ、野茂と決定的に違う点は球種の豊富さである。スライダーを始めフォーク・チェンジアップ・カーブ・カットボールと様々な変化球を織り交ぜ、しかも各球種の精度が非常に高い松坂の投球は「万能」という言葉が最も当てはまる。実際、今季の松坂は全ての球種で被打率が2割前後の好成績を残している。フォークという傑出した武器を持つ野茂に対し、全ての球種を高いレベルで保っている松坂。言い換えるならば、野茂はその品物だけに特化した「専門店」であり、松坂は様々なジャンルの商品を取り扱う「百貨店」みたいなものだろう。どちらも一長一短はあるが、より安定した成績を残すのは多くの品を取り扱っている「百貨店」だと考えるのが自然な流れだと思う。野茂が残した1年目の成績を上回るかどうかの予測は難しいが、ケガさえ無ければそれに近い成績を残す事は間違いない。あとは、良い意味でどれだけ期待を裏切ってくれるかの一点に尽きるだろう。
移籍するならア・リーグ?ナ・リーグ?
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ヤンキースやレッドソックス、マリナーズなどが所属するアメリカン・リーグ(以下ア・リーグ)と今季のワールドチャンピオンであるカージナルスやメッツなどが所属するナショナル・リーグ(以下、ナ・リーグ)。この両リーグは、打線に決定的な差が見て取れる。ア・リーグの方が平均打率が約1分も高く、1試合平均得点も高い。3割打者の数、30本塁打以上の打者数もナ・リーグより多く、このリーグで投げるのは非常に大変であろう。間違いなく、ナ・リーグのチームに入団した方が好成績は見込めるはずだ。
一方で、移籍最有力候補に挙がっているヤンキースは、打線の援護という点では他チームを大きく引き離している。MLBトップの1試合平均得点を始め、チーム打率・本塁打でも他の移籍候補チームを圧倒しており、味方にすればこれほど心強いチームは他に無いだろう。しかし、ヤンキースはア・リーグである。当然、インディアンスやホワイトソックスなど、強力打線を持つチームとの対戦を余儀なくされる。世界最強のバックを味方にする時には、そんな「おまけ」まで付いてくるから考えものである。
123勝109敗。これは野茂のメジャー通算成績である。野茂と同じ27歳で海を渡る松坂には、この成績を超える事が期待されている。もし、日本人投手で2人目となるメジャー100勝達成となれば、史上初の日米での100勝投手という事になる。松坂の移籍でますます注目度が高くなったメジャー・リーグ。楽しみは尽きないが、まずは近々決定する松坂の入札球団に注目する事にしよう。
アナリスト(執筆担当): 高橋 大輔
(略歴)
高橋 大輔(たかはし・だいすけ)
1981年生まれ、東京都出身。
法政二高時代は外野手として活躍、法政大学進学後は附属校のコーチとして野球と携わった。
約4年間、データ入力エキスパートを務めた後、2005年入社。主にセ・リーグ担当。
過去の掲載紙 ベースボールマガジン等