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思い出す

去年 会社を早退して病院にいて 椅子に浅く座ってて 後ろにバッグがあって


なんか揺れてる気がしたけど それは 自分が浅くバッグによりかかってるからだと思ってた



でもそう思ったあとも揺れてて でも周りを見てもまだ誰も不審に思ってなくて


違和感を感じたあとにまた揺れて そこで初めてみんな「え?あれ?地震?」って不安そうになった




ながーくゆーらゆーらと揺れてた


事務のスタッフ数人が気持ち悪くなってた


病院はビルの6階


けっこうみんなおたおたしてた


とりあえず事務の人に「非常口あそこですか、あけましょう」って言って


そこでやっと事務の人が「あ、そうですね」ってスイッチが入って寒かったけど非常口開けた




そのときはまだ小さな地震だと思ってた


待合室はテレビじゃなくてDVDを放送しているから、現況がわからなかった



自分の名前が呼ばれて、診察室に入ったあとも少し揺れた


「センセ?」「ん?」「今揺れてますよね?動じてないですね」


「あぁ、ここ高いからちょっとの風でもけっこう揺れるんだよね」


そういうもんか、と思って診察を終えて、待合室に戻ったらDVDはテレビになってて


火事の映像が流れてた


大きい地震だったこともわかった


友達からも地震のメールがきてた



ちょうど診察の区切りで出てきた先生がテレビを見て固まってた




実家に電話した


親戚に電話した


どっちもわりとすぐつながった


母は怖いながらもまだパニックまでは起こしてなかった


大きな地震がきたけど、ひとまずおさまったんだと思った


怖かったけどもうあとは落ち着くだけ、と思った


無事なことが確認できて、病院を出て、駅を歩いてる最中に職場の人からも電話がきた


「大丈夫か?」と聞かれ、自分のことか実家のことかわからないけど


とりあえずどっちも大丈夫だったので「大丈夫です」と普通に答えた


震度3だったけど電車は動いてくれて、時間はずれたけど帰れた



帰ってから見たテレビは、病院で見たときの映像と変わってた



何が起きたかわかんなかった



なにこれ、日本なのこれ、怖いよ、どうして、何が起こったの



わかんなくて怖くて、実家に電話したけどつながらなくて



そこからあとはあまり覚えてない


家族が無事だったことを確認できたんだろうとは思ってる



その日から映像をずっと見てた


緊急地震速報にすぐ気付けるようにNHKをつけっぱなしにしてた


愛知にも大地震がくるかもしれない、と電気をつけっぱなしにして、荷物をまとめて寝た


そんな状況でも息子は寝てくれたんだと思う


困った記憶がない





実家はライフラインが全滅してた


電気は翌日に復帰した


ガスも2日後に復帰した


水は・・・4月半ばまで使えなかった



おばあちゃんちやおばさんの家がライフラインの復活が早かったので

生活は不便だけどどうにか暮らしていけてるのが安心できた



おばの家はいとこに箪笥が落ちてきたって聞いた


家族の中で唯一頑丈な、元自衛隊のいとこ


おかしな言い方だけど、箪笥が落ちたのが彼でよかった


他の誰でも危なかった


彼だったから普通に今話せる




会社に行ったらいろんな人に「実家大丈夫?」と声をかけられた


余震が続いてて、ライフラインも不十分で、大丈夫のボーダーラインがわからなくなっていたことと


話すのが面倒なことが重なって「ぼちぼち」と答えてた


言ったってなにもならない、と思ってた






その後数日、地元の友達、大学の友達、いろんなところに安否確認をした


連絡を取っている人はみんな無事だった


でも大学を卒業してから連絡を取っていなかった友達はきっと名字が変わってる

新しい名字をあたしは知らない

大学のときのままの名前が行方不明リストにあった

よくある名前だし、と人違いであることを今も願ってる

そして見つかっていることも願ってる


普段連絡を取ってなくても、15年連絡を取ってなくても、それでも無事であってほしい


この1年間で何か応援ができたかもしれない


今でもそれが心に残っている






震災後2週間くらいで「愛知の公営住宅へ両親を避難させては」というお話を上司からいただいた


気にかけてくれるのが嬉しかった


水以外のライフラインが復旧していたので、お気持ちに感謝して、断った


震災後数日のときに迎えに行こうと思ったときに、母が「ここにいる」と言ったから






思い出すままに書いた


思うままに書いた



今でも体があの揺れを覚えてる

すごい違和感を覚えてる




きっとこれから先、ずっとあの感覚を思い出し続けていくと思う


そのたびに被災した方々のことを思い出して、自分に気合を入れようと思う



あたしのこれからの行動が、見知らぬ誰かの幸せにつながりますように


めいほう2回目

昨日、4時起きでめいほうへ雪の結晶雪の結晶雪スノーボード



相変わらずの料金所混雑


それを見越して早く出たのになー


前回より1時間早く着いたのに、駐車場は前回と同じ第三駐車場


なんかすごい行列車車車



・・・レンタルやんか



スクール申し込みしたものの、レンタルが間に合うかわからない


超焦っていたところ、1分遅刻でぎりセーフ(間に合ってない)


一緒のスクールの子に支障がないところで間に合ってよかったぁ



息子はスクール2回目、前回はプライベート、今回は通常スクールで

小学生のお兄ちゃんと2人


プライベートよりいいやんラブラブ



本日、ついにリフトデビュー

がんばってらっしゃいませ



で、結果


リフトに2回乗り、前回のおさらい的な感じ


思った方向に行ける、止まりたいところで止まれる、

人を避けれる(これすごいよね)


でもまだ木の葉


ターンまではいけなかったなー次回に期待



午後はめいほうてっぺんまで行ってみた


木の葉のくせに早い、あっという間に下りてく


前でこけた人を見事によける


初心者らしきお姉さんにぶつかられる(笑)

遠目で見てたらお姉さんにすごく謝られていたような


でもうまい人が多かったから初級者は邪魔だったろうなー

すいませんです

母も初級者です



昨日はハンパない大混雑で、うちはレンタル1時間ちょい待ちだったけど

後ろの方は2時間待ちになったらしいガーン


返却も1時間ちかく待ったり



返却は仕方ないとしても、スクールは利益にもなるので

スクール申し込み者はレンタル確保とかいうサービスがあったら

いいんじゃないかなぁ


スクールは定員になることはないって言ってたけど

それで申し込み増えたらお互いにいいと思うんだけどな



母は母で10年以上ぶりに2回転してこけました

でもやっとできなかったターンができた



平日に行きたいな


昨日の混雑ハンパなかったし


土曜は毎回こうなのかと思ったら昨日は格別混雑していたらしい



次回、いつ行けるかなー




スノーボードデビュー

昨日、1/30、息子、めいほうにてボードデビュースノーボード


現地合流の友人一家と相談し、子3人でプライベートスクールに申し込み


開始時間の融通もきいてよいグッド!


先生は若くてかわいくて子供の心をつかみそうなフレンドリーな感じ目


子は全くの初心者の4歳(美男)、6歳(息子)、3年目になる6歳(美女)


2時間レッスン、いってらっしゃいませニコニコ





スクール終わったあと初心者ゲレンデでどんな感じになったか見たところ


滑る、滑る、滑る、こける、すぐ起きて上る、上る、上る、そして滑る、またこける、


と、今日デビューしたくせに、あたしの子のくせに、なんかへこたれずに滑ってる


つーか滑ってる


うっすらターンまでしたにひひ



母は、オットと友人夫妻(激うま)という3人先生というレッスンを受けて


やっと苦手だったターンができそうな予感がしてきたばかり



あと2回スクール入れたら抜かれる


やばい




プライベートスクール、すごいね


割高なんて思わない、本日デビューの子をここまで育ててくれるとは


木の葉落としできてるし





息子本人はもう完璧に滑れるつもりになってる(自信家め)得意げ


そして板はめたまま山のてっぺんまで右足で地面を蹴りながらのぼろうとしてた


てっぺんから滑り降りてくるつもりだったらしい富士山


オットが止めたけど



はまったらしい


すごいね


かっこいいね



途中絶対泣きごと言ってやめると思ったのに


一生懸命「くっそー」言いながら滑ろうとしてた


けっこう感動。・゚゚・(≧д≦)・゚゚・。




友達と一緒ってのがはりきり度倍増だったと思う


ぼんやりと結婚の約束もしているらしい

(ただし、お互い複数の中の候補の一人←ここが園児)





来月また連れて行ってあげたいなぁ


長続きするかわかんないからオークションで900円のウェアだったけど


次回行けそうなら新しいのフルセットで買ってあげたいと思うくらい楽しそうだった






そして本日、というか昨日から母は筋肉痛ドクロ


息子、全く元気ニコニコ


若さってこういうことね