リハビリで 飲み込む力を 歯科医師ら先駆的試み | 口腔乾燥症ドライマウス 唾液過多症(流涎) 味覚障害 嚥下障害
[リハビリで のみ込む力を 歯科医師ら先駆的試み]

(東京新聞  2014年1月28日)


「食べ物を噛んで、飲み込む力」を失った人が、高齢者を中心に増えている。
加齢にもよるのだが、脳卒中の後遺症などによるまひが口の中にもあり、
うまく食べられないケースも少なくない。
そうした場合も回復の可能性は残されている。
歯科医師たちの意欲的な取り組みを紹介する。
(加藤木信夫)



「さあ、いつものように口の中を刺激していきますよ」
昨年末。難病のため四肢まひとなり、胃ろうを装着した埼玉県熊谷市の男性
(70)を同市のいわさき歯科院長、岩崎貢士さん(43)が訪問診療し、
あうんの呼吸で、電動歯ブラシを口の中にそっと差し入れた。
岩崎さんは、あらかじめ男性の口の中の汚れを取り除いてから、電動
歯ブラシの背の部分で上下唇、舌、頬などを刺激した。
舌に押し付けたガーゼを、舌で持ち上げる筋力トレーニングなども織り交ぜ
た。

30~40分後、男性は岩崎さんが用意した特製ゼリーを食べた。
ゼリーは水分を増やし、短冊状にして喉を通りやすくしてあるため、口を
もぐもぐさせて味わい、ごくりとのみ込んだ。
訪問診療は定期的にあり、男性はその後、安定した状態を維持していると
いう。

「口の中に刺激を与えると、眠っていた脳機能にスイッチが入る。少しずつ
食べられるようになり、生きる意欲を取り戻して、旅行に出かけるほど元気に
なった患者さんを、私は何人も見てきた」と岩崎さん。



「摂食・嚥下リハビリ」と呼ばれる一連の取り組みは、最近、にわかに医師、
歯科医師の医療従事者の間で関心が高まってきた。
歯科で、脳卒中などの高齢者への取り組みのパイオニアは日本大歯学部の
植田耕一郎教授(54)。
岩崎さんも大学の恩師である植田さんに導かれ、足を踏み入れた。

植田さんにはきっかけがあった。
東京都リハビリテーション病院に勤務し始めた1990年、脳卒中患者の
口の中をのぞき、がくぜんとした。
バナナや魚の切り身が食べたままの形で残り、かびが生え、すさまじい様相を
呈していた。
「手足にまひがある人は、口の中もまひして、思うように食べられない。
でも、医師は口の中までじっくりと診て、手で触れることはない。私たち
歯科医師がやらなければ誰がやるんだ、と奮い立った」

患者の口にボタンをくわえさせて糸で引っ張る筋トレ、電動歯ブラシによる
口内マッサージなどを次々に発案した。
蓄積したノウハウは、植田さんが指導する日大歯学部「摂食機能療法学
講座」で医局員に伝授されている。
外来診療や訪問診療も実施し、対象患者は脳血管疾患、がん、心疾患、
認知症、パーキンソン病など多岐にわたる。

「4人に1人が高齢者の時代。摂食・嚥下リハビリは社会に求められている。
一方でそれをこなせる歯科医師は、全国的にはすずめの涙ほどもいない。
実践教育の推進を」と植田さん。
岩崎さんも「開業臨床医のレベルでもリハビリに取り組めることを、私が
モデルケースとして示したい」と意気込む。


全国の歯科医師らで構成するNPO法人「日本顎咬合学会」は、噛む機能、
飲み込む機能を回復させる取り組みを続けている臨床医の活動報告会を
ジャーナリストに公開。
高齢者のみならず、虫歯などで口の中の機能を損なった子どもたちにも効果が
あるとアピールする。
担当者は「自分の歯で、あるいはしっかりとつくられた入れ歯で噛むことが、
生涯の健康と総医療費の抑制につながる」と話す。




http://www.tokyo-np.co.jp/article/living/health/CK2014012802000152.html