パチスロ人生 後記
パチスロに興味を持った大学生活から、無職時代、そして借金まみれ、そしてそこから這いつくばって、もがいてきた生活ぶりを、記憶をたどりながら当時打った台も紹介しながら書いてみました。うろ覚えなとこもあり、正確じゃないところもあったかもしません。
当時も今も基本Aタイプな台を打ってます。当時はニューパルを代表とするテーブル方式の大量リーチ目マシンが全盛期であり、その中で一貫して現在まで同じスタイルで生き抜いてきたジャグラーには脱帽します。
このあとから、四号機は獣王を代表とするAT機全盛期へ突入し、その後リノから始まったストック機へと移行し、現在の5号機となるわけです。
今後、どのような台が登場するか楽しみですが、話題性だけで終わる台ではなく長く愛されるような台の登場に期待するところです。
当時も今も基本Aタイプな台を打ってます。当時はニューパルを代表とするテーブル方式の大量リーチ目マシンが全盛期であり、その中で一貫して現在まで同じスタイルで生き抜いてきたジャグラーには脱帽します。
このあとから、四号機は獣王を代表とするAT機全盛期へ突入し、その後リノから始まったストック機へと移行し、現在の5号機となるわけです。
今後、どのような台が登場するか楽しみですが、話題性だけで終わる台ではなく長く愛されるような台の登場に期待するところです。
パチスロ人生 26
父の死により、しばらく何も手につかなかったが、日が経つにつれ、やはり向かう場所はパチ屋。しかし、今の自分を変えたい。何かにすがりたい気分であった。父の死をきっかけに、自分を心配してくれる友人との再会。あらためて、人の暖かさ、仲間の大切さを実感していた。
そしてある時、親しかった知人とばったり会い、その人の紹介で、スポーツクラブのテニスインストラクターとして働く事になった。高校時代、県の代表としてインターハイに出場、そして推薦にて大学進学、実業団のある企業に就職。すべてはテニスのおかげでここまできたのである。
ただ、パチンコに興味を持った事から、パチスロを打つようになり、そしてドロップアウトしたことで、パチスロで喰うって発想を持ったのがこの生活のすべての始まり。
ラケットを置いて、3年のブランクがあり、インストラクター業務のしんどさを身に染みて感じる。しかし、パチスロ以外で稼いだ久しぶりのお金は、有り難みが違った。そんなこんなで、この仕事も36歳のいまでも続いている。
もちろん、パチスロも続いている。 おしまい。
そしてある時、親しかった知人とばったり会い、その人の紹介で、スポーツクラブのテニスインストラクターとして働く事になった。高校時代、県の代表としてインターハイに出場、そして推薦にて大学進学、実業団のある企業に就職。すべてはテニスのおかげでここまできたのである。
ただ、パチンコに興味を持った事から、パチスロを打つようになり、そしてドロップアウトしたことで、パチスロで喰うって発想を持ったのがこの生活のすべての始まり。
ラケットを置いて、3年のブランクがあり、インストラクター業務のしんどさを身に染みて感じる。しかし、パチスロ以外で稼いだ久しぶりのお金は、有り難みが違った。そんなこんなで、この仕事も36歳のいまでも続いている。
もちろん、パチスロも続いている。 おしまい。
