悲観していないという発言はつきつめれば悲観していることになるんだろうけど、そんな自分なら変えたいし、多分こうしてブログに逃げ道作ってる自分がクズなんだろう



頭痛くて会話ができないのは自分の会話力がない言い訳か?

だとしたら会話力をあげれば頭が痛くても話ができるのか?


人と話していると頭痛くなって何日も寝ていないみたいな頭の状態になる

これは単に体力がないからってだけなのか?

この点に関しては毎日ウォーキングして体力をつけることで実験してみよう。


さて、本題は頭が痛くて会話ができないときに相手を嫌な気持ちにしてしまうという自分の情けなさだ。

しかし、このことは会話する相手に自分のことをきちんと説明することで(ここで説明能力が問われるのか?)気が楽になってある程度は解決した。


みんなが楽しんでいるときに自分はまったく楽しめない自分の気持ちをどう消化(昇華)させるのか

例えば、みんなと映画を見に行くことになったとき、俺は行かないという選択をする

例えば、みんなで楽しく夕飯をとるとき、俺は会話はできないが無理して笑顔つくってその場の空気をなるべく壊さないように心がけるという選択をする

もしくは調子悪いと素直に伝え、空気になるという選択をする

もしくは途中退室をするという選択をする


その時々に最適の選択をできるようになることが病気との付き合い方。

そして、その時楽しめなかった自分の気持ちをどう消化していくかというのが病気との付き合い方。


ここで頭痛い中でもある程度楽しめる、楽しませることができる技術があればこれらの問題は解決する。


もしくは、生産性のある趣味に昇華させることでも問題は解決する。

大切なのは人はひとりでは生きていけないのだから、つながりをたつという選択はしたくないってことだ