今日は退屈なだけで何事も無かったかな。
クスリの副作用で眠くて、何もしたくない感じだった。
クスリのおかげで気持ちのブレはだいぶおさまった様に思うけど、根底にある悔しさや不安が解消された訳ではない。
何も変わっていないし、何も始まってない。
あの時死んでいたらとしか思えない。
よく一回死んだら何でもできる的な事を言うが、それは間違いだとは言わないが、這い上がった人が振り返って言える事で、ドン底より下にいる人には何の意味もない言葉だと思う。
病気になったおかげで良い事は全くなく、あるのは不安ばかり。
たまにテンション高めのときもあるが、パーティピーポーなほどにはならない。
双極性障害と共存するのは難しいです。
TOKIOの山口君も双極性障害と言われてるようだが、どんな症状なのだろう?
一度会って聞いてみたいもんだ。
色々なタイプはあるらしいが、自分の場合は不安が大き過ぎてどうしようも無くなるタイプ。
山口君の場合は一般人にはわからない苦悩があったんだと思う。
事件を起こしてしまった事は良くはないが、それは病気のせいにして立ち直って欲しいと思う。
そして、鉄腕ダッシュに戻って欲しい。
彼が俺みたいになってしまわない様に、周りはしっかりとサポートしてあげて欲しい。
悪い刺激は無用。良い刺激は常にあるべき。
この刺激は人によっても様々だが、悪い刺激は言い争いや、他人の争いまでも入ってしまう。
自分がそうだから。
今日、夕飯で父親がしつこくグズグズ母親を罵っていたのは耐え難かった。
こう言うのでさえ悪い刺激になってしまう。
そう言えば、30年ちょっと前に一緒に働いていた人が自殺した。
首を吊った。
きっかけは飲み会の席で別の職人同士がケンカを始めた。その人か仲裁に入っておさまった。しかし、次の日から会社に来たり来なかったりになった。
そして、しばらくすると来ない日の方が多くなり、やがて訃報が届いた。
小さい会社なので数人でお通夜に伺った。
その時の亡骸の顔は笑っている様に見えた。
首を吊った苦しさは全く感じられなかった。
周りの人は泣いていたが、俺は悲しくなく良かったねって思ってしまった。
奥さんや子供たちには悪いけど、正直そう思った。
その時に悟ったのかも知れない。
死ぬのは怖くないんだって。
その時はまだまだやりたい事があったから、悩みなんて小さいものだったと思う。
今になって30年前に亡くなった人の気持ちがわかる様な気がする。
腕の良い職人さんだった。
この腕の良い職人さんも色々なプレッシャーがあって、ある時に限界を超えて会社に行けなくなり、ついには思いが膨らみ過ぎて事に及んだんだと思う。
書いていて、もう1人思い出した。
20年ぐらい前、電気の仕事をしてた頃手伝いに行っていた街の電気屋さんがあった。
2人でやっていたのだが、社長が変わった人だったからだろう、もう1人の人がしばらく行かない間に自殺していた。
たぶん、この人も仕事のプレッシャーに耐えられなかったんだと思う。
前に会った時、凄く忙しそうにしていたのを覚えている。
まだまだ精神疾患が市民権を得る前ね話しで、ノイローゼとかくだらない言葉で片付けられていたように思う。
今ならば二人共労災認定されてもいいはず。
今は彼等の苦悩は良くわかる気がするが、彼等は成功した。
俺は失敗した。
なんて中途半端な。
やっぱり死んでいた方が彼等の様に思い出せる人も居ると思う。
生きていても存在はない。
死んだ方が存在感が増すのだろうか?