金曜日
病院に行ってきた。
めっちゃ待った。
水曜日の出来事を言った。
死にたいと思うのは、癖になってると言われた。
確かにそうかもしれない。
発想が死にしか向かない。
でも、それは今に始まった事ではなく、子供の頃からそうだったと思う。
大人になり病気になって、死ぬ事に怖さがなくなってきたかもしれない。
最初の2回はハードなクスリと家族のストレスからだろう。
最近の2回はあの人のストレスだろう。
こう振り返るとあの人はプレッシャーでしかなかったのだろうか?
人生をかけたプレッシャーに弱いみたいだ。
誰でもそうだろうと思う。
しかし、死ぬ選択肢を持ってしまったから、1番楽な死を選びたくなる。
誰でも苦しいより、楽が良いに決まってる。
楽をする為に技術は発展したのだから。
楽をするための苦労はいいのか。
じゃ、自分は楽をするための苦労は何だろう。
ドラムの練習しか今はない。
カウンセラーのスキルも上げなきゃいけない。
しかし、そんな事やってて意味はあるのだろうか?
また、追い詰められないか不安。
人生は苦労と挫折しか無いとさえ思う。
幸せな時って一瞬のそのて時だけ。
家族と楽しくいれる時、好きな人と愛し合ってる時。
幸せは儚く切ないってつくづく思う。
自分ももっとそんな時を大事にしていたらと後悔する。
先生に入院した方がいいのではと尋ねてみたが、肉体的に休みたいならありだが、根本は解決しないと言われた。
確かにそうだ。
じゃ根本って何だろう?
弱い自分。って事だろう。
先生は俺がいつも自分でしまい込んで、自分でなんでも解決してきたけど、もう限界を超えてきたみたいな事を言っていた。
何年もクスリを飲みながらやってきたけど、限界なんだ。
歳もとったし若い頃の様な悩み事ではなく種類が重くなった。
どんどん人生が終わりに近づくと悩み事が重たくなるのは誰しもの事。
やっぱりそう言う悩みを共有してもらえる人が必要なんだと思う。
だから、カウンセラーになろうと思った。
しかし、今は自分の事もよくわからないし、助かったわけでもない。
アドバイスはしないが、自分の成功例がないので説得力はない。
今だに死にきれなかった後悔しかないのに、助けてほしい人に自殺するなら失敗するなとしか言えない。
それでは人殺しと同じ。
2回目をする前に、カウンセリングを受けていた。
何か宿題みたいな事をやらされたと思う。
全く役に立たないカウンセリングだった事は結果が証明している。
覚えているのが、服薬自殺をしても胃洗浄されたり苦しいだけど、言っていた。
これは嘘だった。
何も覚えてない。
何が苦しいかって、意識を取り戻した後の葛藤や後悔、不安がとてつもない。
好きだったあの人が手を差し伸べてくれていたら、反省もしただろう。
現実は全く正反対。
もう取り返しはきかない。
でも、あの人から離れてその分は楽になったのかもしれない。