やっとイーチャ川用のフライタイイングに着手しました。
タイイング自体が久しぶりだったので、ゆるーい感じでお手本も見ずに巻いていたら、さっそく隣りで巻いている師匠(ダンナ)からダメ出しが…
「それはお団子だね。お団子っていうか…ゴミだね。マテリアルの無駄づかいしてるだけだ。」
はぁ、、、

そこまでストレートに正直すぎるダメ出し…
相変わらずの鬼コーチぶり

さすがに凹みますわ

「手本を細かいところまでよく見て、忠実に作らないと。まぁいいか、でテキトーに作る癖がついたら直らないよ。」
ぎくっ

「テキトー」って、、、私が人生で大切にしてきたキーワードじゃないですか。
実は私、生まれつき並はずれて神経質なんですよね。
布団がズレるのが嫌で、夜中に布団をまっすぐに直してはそーっと体を入れて息を詰めていて眠れなかったり。
粘土遊びでは、粘土の表面が粗いのが許せなくてツルツルになるまでなでつけたり(そんな子は他にはいなかったよ←母親談)。
ミスが許せなくて、ピアノの練習でつっかえる度に癇癪を起こして楽譜を投げたり。
神経質っていうか完璧主義っていうかエラーに弱いっていうか…そんな調子だから、大変で。
自分の理想に、現実の作業が追いつかない苛立ち。その苛立ちを押さえられず癇癪を起こす自分への苛立ち。もうイライラの連鎖、無限ループですよ。
幼いながらも、この性質は処せるようにならないとマズイなと自覚していました。
無数のイライラを経て、
自分なりの処世術として、
「完璧を目指さない」を信条に、
「キリキリしてきたらセーブするか止める」ようにし、
結果に対して「まぁいいか、と妥協する」「結果よりプロセスを労う」など、
まさに「テキトー」精神を身につけてきたんです。
そして、まるで生まれつき「テキトーくらいが丁度いいわ〜」って思ってるかのような、軽快な人間を演じてきたんです。
その血と汗と涙の結晶である「テキトー」を捨てろとあなたは言うのですかぁぁぁ、、、

、、、なんてね





でも大げさな話じゃなく、私にとって作業場面で完璧を目指すことは、長年避けてきた課題に正面から向き合うことに他なりません。
ダンナは、幼い頃の私の性格も知っているから、元々の持ち味である神経質を生かさず使わないのは「もったいない」と言います。
いいですよ、完璧目指します

でも私が癇癪起こしたらどうなっても知らんぜよ

…で、頑張って丁寧にこのフライ作りました。
途中、鬼コーチから「どこ見とんねん!全然違うやろ!」「そんなやり方教えてないやろ!」と檄が飛び、それに耐えながら巻いてたら癇癪起こす余裕も無かったわ

鬼コーチが「合格
これならマテリアルの無駄じゃないからジャングルコックつけて良いよ」と言ってくれたから、贅沢にジャングルコック付き〜

意外と楽勝

まだまだ余力ある

いい気になってる私に、鬼コーチが一言。
「あのー浮かれてるけどアンタ、まだ一本しかマトモなフライ巻いてないんだからね。」
あはは



量産ですよネ、頑張りま〜す

