オゼンピック (一般名セマグルチド) は、もともと2型糖尿病の治療薬ですが、その高い減量効果から非糖尿病の肥満患者にも使用され注目を集めています。最近、「オゼンピックに目の副作用があるのでは?」と心配する声が聞かれます。それが、視神経に起こる障害の一つであるNAION(非動脈炎性前部虚血性視神経症)です。
今回は NAIONとは何か、オゼンピックとの関連性、そして最新の研究データや注意点について、わかりやすく解説します
NAIONとは? 〜視神経障害の概要と症状〜
NAION(非動脈炎性前部虚血性視神経症)とは、眼の視神経(視力を脳に伝える神経)の血流が低下し、視神経が損傷する病気です。動脈の炎症によるものではないため「非動脈炎性」と呼ばれ、簡単に言えば眼の中で起こる小さな“脳梗塞”のようなものです。50歳以上の中高年に多く、突然片方の目の視野が欠けたり、見え方が悪くなるのが典型です。
どんな人がNAIONを発症しやすいの?
NAIONは糖尿病や高血圧、高コレステロール血症など生活習慣病を抱える中高年に起こりやすいことが知られています。また、睡眠中の低血圧や睡眠時無呼吸症候群、喫煙習慣、心臓病(冠動脈疾患)などもリスク要因です 。解剖学的には、視神経の出口が狭い(視神経乳頭のくぼみが小さい)人は血流が滞りやすく、NAIONを起こしやすいとされています。このようなリスクを複数持つ人ほど発症しやすく、特に糖尿病を持つ方はNAIONになる可能性が高めです。
NAIONの典型的な症状は?
NAIONはある日突然、予兆なく片目に起こることが多いです。主な症状には次のようなものがあります:
- かすみ目(視界全体がぼやける)
- 色の感覚の変化(色が判別しにくくなる)
- 周辺視野の喪失(視野の一部が見えない、特に周りが欠ける)
- 視界に動かない暗いまたは灰色の点(暗点が固定して見える)
- コントラストや光に対する感受性の低下(コントラストが分かりにくい、まぶしさを感じにくい)
オゼンピックとNAIONの関係 〜最新研究が指摘するリスク〜
「オゼンピックに視神経障害(NAION)のリスク?」と聞くと驚くかもしれません。オゼンピック(セマグルチド)は2017年にFDA承認されて以来、世界中で数百万人が使用してきた信頼性の高い薬で、これまで目の重篤な副作用は大きく報告されていませんでした 。しかし2023~2024年になって、GLP-1受容体作動薬であるセマグルチドとNAIONとの関連を調べた初めての研究結果が発表されました。ハーバード大学の神経眼科チームによるその研究では、「もしかするとオゼンピック使用者にNAIONが多いのでは?」という臨床現場の声を受け、データ解析が行われました 。
この研究で何がわかったの?
その研究は、2型糖尿病患者の群と非糖尿病の肥満患者の群に分けて、オゼンピック(セマグルチド)使用者と他の薬剤使用者でNAIONの発症率を比較しました。結果は衝撃的でした:
- 非糖尿病の肥満患者では、セマグルチド使用群で3年間に6.7%がNAIONを発症し、他の減量薬使用群の0.8%と比べて明らかに高率でした。
なんと約7~8倍ものリスク増加が示唆されたのです。研究チームによれば、要因を統計的に調整した上でもセマグルチド群でNAIONリスクが有意に高かったとのことです 。この結果だけ見ると「オゼンピックでそんなに目がやられるの!?」と不安になりますが、注意すべき点があります。
まず、この米国の研究は観察研究であり、セマグルチド使用群の患者背景に偏りがある可能性があります。実際、対象となった肥満患者には高血圧や睡眠時無呼吸などNAIONのリスク因子を複数持つ人が多かった可能性が指摘されています。つまり、もともとNAIONを起こしやすい素因を持つ人がセマグルチドを使っていた可能性があり、「薬の影響だけでリスクが跳ね上がったのか」は断定が難しいのです。この論文でも「セマグルチド服用者すべてでリスクが高まるとは限らない」と述べられており、更なる調査が必要と結論づけています 。
その後、デンマークとノルウェーの大規模データを用いた追跡研究が行われ、欧州でもセマグルチド使用とNAIONリスク増加の関連が確認されました。デンマークの全国データでは、オゼンピック開始後にNAIONを発症するリスクが従来治療の約2.2倍になるという結果で、ノルウェーを加えた解析でも約2.8倍と同様の傾向でした 。この結果を受け、欧州医薬品庁(EMA)は2025年1月にセマグルチドとNAIONの関連性について安全性評価を開始しています。ただし、欧州の大規模研究では絶対リスクはごく小さく、オゼンピック使用患者で年間0.02%程度(0.2人/1000人年)と推定されています。研究者によると、1万人が1年間オゼンピックを使った場合に追加で1.5~2.5例程度発症する計算で、アメリカの最初の報告よりは低い頻度だと述べられています 。つまり、「リスクは増えるかもしれないが、それでも非常に稀な副作用である」ということです。
他の肥満治療薬と比べてリスクはどうなの?
現時点でNAIONリスクが話題になっているのはセマグルチド(オゼンピック/ウゴービ)に限られています。上述の米国研究でも、セマグルチド以外の抗肥満薬(非GLP-1系薬剤)ではNAION発症率が低く、顕著なリスク増加は認められませんでした。GLP-1受容体作動薬以外の減量薬(例えば食欲抑制薬や脂肪吸収阻害薬など)では、今のところNAIONとの関連は指摘されていません。また、セマグルチド製剤の中でも肥満症治療の高用量製剤「ウゴービ (Wegovy)」は2021年発売と比較的新しく、十分な観察期間のあるデータがまだ揃っていません。しかしデンマーク当局の報告によれば、ウゴービ使用者にもNAION症例は少数ながら確認されているものの、そのリスクはオゼンピック(糖尿病患者での使用)よりかなり低い傾向が示唆されています。これは、肥満症単独の患者は糖尿病患者よりNAIONの他のリスク要因が少ない可能性があるためかもしれません。ただし「ゼロではない」ことに留意が必要です。
なお、GLP-1作動薬には他にもリラグルチド(サクセンダ)やデュアルホルモンのチルゼパチド(マウジャロ)などがありますが、これらについてNAIONとの関連が問題視されたという報告は現在ありません(2025年2月時点)。今回議論されている視神経障害リスクはセマグルチド特有の現象の可能性がありますが、同様の作用機序を持つ薬剤全般に当てはまるかどうかは今後の研究が待たれます。
まとめ
NAIONは突然片目の視力に障害を起こす深刻な病気ですが、幸い発症頻度は極めて低く 。現時点でオゼンピックの使用を一律に控える必要はないと専門家も述べています 。実際、世界中で多くの患者さんがセマグルチドを使用していますが、大多数の方は視力のトラブルなく治療のメリットを享受しています。重要なのは、リスクに対する正しい知識を持ち、「万一起きたらどうするか」をあらかじめ知っておくことです。不安な点があれば独りで悩まずに担当医に相談し、方針を決めておきましょう。
医師に相談したいポイント: オゼンピック使用中のNAIONリスクが気になる場合、受診時に次のような質問をしてみると良いでしょう。
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「私の場合、NAIONを発症しやすいリスク要因がありますか?」
自分の高血圧や睡眠時無呼吸症候群などの状況から、リスクが高めかどうか確認しましょう。 -
「オゼンピック以外に目のリスクが少ない肥満治療法はありますか?」
例えば食事療法や運動療法、あるいは他の薬剤(リラグルチドなど)について相談してみましょう。減量効果とリスクを比較検討できます。 -
「オゼンピックを始める前に眼科検診を受けた方が良いですか?」
視神経に異常がないか事前に確認しておきたい場合、このように尋ねてみましょう。特にリスク因子が多い方や過去に目の病気をした方は検討しても良いでしょう。 -
「以前にNAIONになったことがありますが、オゼンピックを使って大丈夫でしょうか?」
この重要事項は必ず伝え、医師の判断を仰ぎましょう。多くの場合慎重な対応が取られるはずです 。場合によっては他の治療法への切り替え提案があるかもしれません。
最後にもう一度強調しますが、オゼンピックによるNAION発症は極めて稀であり、適切に経過を見ながら使えば過度に恐れる必要はありません。むしろ肥満や糖尿病そのものが放置すれば様々な合併症リスクを高めますので、メリット・デメリットを医師とよく話し合った上で治療を継続することが大切です 。今回紹介した最新の知見も踏まえつつ、疑問点は遠慮なく医療者に相談し、安心して治療に取り組んでください。あなたの健康と視力を守るために、正しい情報にもとづいた冷静な対応を心掛けましょう。
【参考文献】
- American Journal of Managed Care – Semaglutide Linked to Increased Risk of Rare, Debilitating Eye Condition
- 北海道・ひきち眼科 ブログ – 減量薬は前部虚血性視神経症のリスクあり?(2024年7月11日)
- University of Southern Denmark – Danish diabetes medicine increases the risk of severely debilitating eye condition(News release, 2024年12月16日)