みなさんこんにちは、Dr.サトールです。
またまた久しぶり(何年振り?)の更新です(汗!)
えー、今回は私の心のふるさと沖縄を舞台にした朝ドラ
「ちむどんどん」が今月末(9月30日)でラストを迎える
に当たって後2週間でどんな展開があるのかを考えてみたい
と思います。
今、公開されている最新情報ではヒロインの青柳暢子さんが
東京で開いた沖縄料理店
「ちむどんどん(心臓ドキドキ・心ウキウキ)という意味」
を軌道に乗せて何れ故郷の沖縄に戻る(つまり地元で店を
再開するという流れ?)という事なのですが、
東京の1号店?は板長、シェフ?の矢作さんに任せるのでしょうか。
まあ、腕は確かな人ですので奥さんと二人で地道にやっていくとは
思いますが、過去に色々あった人ですので譲るのではなく委託経営
かも知れませんね(これは全くの想像話です)
さて、本題の沖縄ですが暢子が小さい頃からの料理人になる夢を
故郷沖縄で果たす事が出来、ドラマ完結!といきたいのですが
新聞社を辞めた(事実上のクビ)夫の和彦の沖縄に根を張った
記者人生が何処に着地点を置くのかが問題で、特段のスクープ
というのはそうは望めません。
ここで浮上するのが暢子の兄賢秀が務める養豚場の親父さん
(ハワイ移民の息子で未来の義理の父?)の寛大さんが東京の
レストランで語った
「海から豚がやってきた」というお話。
これは実話で、あの沖縄戦で失われた(10万頭が7700頭まで減少)
沖縄の豚の窮状を伝え聞いたハワイに移民していたウチナンチュウ
の皆さんが募金を募りアメリカから550頭の豚を引き連れて
太平洋を横断して沖縄まで届けてくれ、この豚たちが僅か4年で
10万頭まで回復して沖縄の人々を救ったという感動のお話です。
この大輸送作戦で船に乗り込んだ7人の勇士の大航海は後に
新聞記事から本として出版され沖縄の小学校では子供たちが
演劇として上演して今や沖縄の誰もが知るエピソードとして
浸透している訳です。
只、この感動巨編も豚の配給を受けた養豚農家の皆さんには
広く知られていますが、時代の流れと共にいつしか忘れられ
本が出版された1995年までは一般の沖縄の皆さんには空白の
年月(50年)となってしまい、暢子や賢秀たちはこの話を
知りませんでした。
ちむどんどんの当時の時代設定は1979年で、あと16年の
年月を一気に飛び越えるか?和彦が原作者へのアプローチを
数年に渡って行い、共同ルポ?の形式で本の出版までを
サポートして、この一大偉業の物語を沖縄に定着させるか。
何れにしても、和彦も悔いのない大仕事をやり遂げて
ちむどんどんも無事完結という事になるのでしょうか。
最後に残った?暢子の姉の良子(小学校教師)は
この豚のお話を子供たちと共に演劇にして沖縄定着の
先駆けとなる。妹の歌子は長年の夢だった琉球民謡の
歌手となって、ちむどんどん沖縄店?でライブ?
演劇の伴奏も行う、といったところでしょうか。
もう(僅か)2週間程度の朝ドラ本編ですが
こういう終わり方があっても良いのではと
想像を巡らせてみました。
どうなるかは何れ(今月中に!)分かりますので皆さんも
想像を巡らせて楽しんでみられては如何でしょうか。
(了)