翌日、日米の首脳による緊急会談の結果が公表された。

 

そこにはアメリカが目指す世界戦略の一端が如実に表れていた。
(1)2009年度、アメリカの京都議定書の批准宣言
(2)各国の温室効果ガス排出量の削減目標のアメリカによる再確認
(3)2、による日本への削減計画の提出要請(アメリカからの努力値の

設定)
(4)3、の未達成時の日本へのペナルティ値の設定(毎年更新予定)

 

内閣情報調査室の安倍は官邸で手渡された政府資料に

目を通しながら半ば呆れ、半ば怒りに身を震わせていた。

 

「何だこりゃ?アメリカはいつから議長国に変ったんだ!」
「露骨な内政干渉ですね。しかしそれを受け入れて世界に

共同発表するとは」

内閣官房の利倉副長官補も溜息をついた。

 

「電気自動車への予測転換台数で目標値を決めるとは

呆れますね、日本は2009年度以降毎年300万台の転換

ですよ、これは取りも直さずアメリカ車を300万台輸入して

国産車を削減しろという事です。

 

更にこの台数が達成されなければ毎年上積みした台数を

押し付けてくるという事です、アメリカが環境対策の世界基準

に変身して、他国に対してエレカーを買うか買わないかの

踏み絵を踏ませようとしてるんです。

悪徳高利貸しでもここまではやらないでしょう。全く、本性を

現しましたね」

 

「ガソリン車の時代には国益を優先すると言って議定書には

見向きもしなかったのにこうも明らさまな180度の方向転換を

するとは、逆にアメリカらしいやり様だとも言えますね」

 

「利倉さん、電気自動車への転換の期限は1年にされました。

これはどう考えても間に合いません」
「吉本教授が言われたように数年間をアメリカ車の受け入れで

凌ぐしかないですね、その間に何としても国産のエレカーを

開発しなければなりません」

 

「もう見切り発車で発電機の車載用への改良を指示します、

これ以外に方法はありません」
「業界の反発は必至ですね。首相はサミットで大見得を切る

つもりのようです」

 

「それを見越しての直前発表ですか?

トップが国を売るなどという場面を本当に見る事になろうとは

思ってもいませんでした。改めてですが、失望しましたね」

 

「一応身辺警備を強化して下さい、今夜の帰国時が危ないです」
「分かりました。まあ、一般国民が暴発する事はないでしょう。

来週のサミット以降に騒ぎ出すのは自動車、石油業界の労組

ですね。大幅な人員削減が予想されます」

 

「解決一時金の回答は柔軟に対応するように指示して下さい、

両業界の大量解雇が行われたら他業界がそれに連動して

一気に社会不安を招きかねません」
「両業界のトップには既に内示してあります。特別会計を

取り崩してでも当面の手当は政府が責任を持つという事で」
 

 

利倉達が国内産業の動揺を抑えるのに苦慮している頃、

上海の小林2佐達は新たな活動を始めていた。

 

「黒部さん、上海のアメリカ系自動車工場の動向が掴めました。

GS社、HF社共新型エレカーをフル稼働で増産中です」
「ドイツ系はどうだ?」
「北京のDM社工場が同じ動きを見せています、ちょうど李君の

親類が生産管理の部門にいるという事で精度の高い情報です」
「そうか、これは中国も一斉にアメリカの旗を揚げる魂胆だぞ。

よし、東京に報告だ。しかし今となっては大した情報でもないがな」

 

「日本はどうなるんでしょう?」
「今日発表された会談結果で日本が完全にアメリカの軍門に

降ったという事が明らかになった、今の内閣はサミット直後に

崩壊するかも知れんな」

 

「選挙ですか?」
「そんな度胸はないだろう、内閣が倒れても別派閥が次の

総理を立てるだろうな。来年の任期一杯まで民政党は政権に

しがみつくさ」
「見苦しいですね、どの道総選挙になれば政権を失うのは

目に見えているのに」

 

「政治家という人種の本性だよ、地盤、カバン、看板を

引きずって地元の為に国の政治をやるんだ。この期に及んで

まだ道路だ、新幹線だと叫んでいる輩がいる。こういう寄生虫

を生み出す土壌を総入れ替えでもしない限り日本の将来は危ういな」

 

その時、神食満の携帯が反応した。
「黒部さん、東京からのメールです」

小林2佐は携帯を受け取ると表情を変えた。

 

「最高レベルの暗号だぞ!うん?何処だ…

諸星、お前の彼女の故郷は何処になってる?」
「金沢にしてますが…」
「金沢か…分かった北京だ!すぐ北京に移動するぞ」
「DM社の工場ですか?」
「いや、もっと広範囲だ。中国全体の動向が知りたいらしいな」

 

「分かりました、総領事館には連絡しますか?」
「放っとけば良い、わざわざ敵に情報を渡すようなもんだ。

北京のネットワークは出来ているか?」
「まだDM社のチームだけです」
「よし、向こうに着いたら直ぐ他の工場を当たろう。その李君の

親類に直接コンタクトしろ」
「分かりました、でも来月のオリンピックに向けて警戒が厳しく

なってるんじゃないですか?」

 

「それなら大丈夫だ」

小林が神食満に封筒を手渡した。
「あっ!オリンピックのチケットじゃないですか、いったいいつ?」
「東京を出る時に用意済みだよ。俺達はオリンピック見物の

旅行者だ、大手を振って5つ星に泊まるぞ。

明日から北京観光だ、昼間はな」

小林がウィンクしてみせた。神食満はスパイ活動の周到さに

改めて感心していた。

                                       つづく