「これは、人形ですよね…」
 
安倍がまじまじと物体を見つめた。
テーブルの上に現われたのは背丈が10㎝程の、2体の男女の
姿をした人形だった。しかし抽象絵画から抜け出してきた様な
バランスの不釣り合いな頭部や胴体は見る者に独特の違和感を
感じさせた。

「これは、何かの宗教儀式に使われるような人形に見えますね」
吉本教授が人形を手に取りながら学者らしい観察眼を走らせた。
「ひなさん、差し出し元は何処になっていましたか?」
安倍がひなを見た。
「消印はアメリカのメリーランド州でした」
「メリーランド州といえば、確かNASAの衛星関連施設がありましたね」
「じゃあ父と母はやはりアメリカに?」
「うーん、断定は出来ませんが。ひなさん、この人形、少し預からせて
貰っても良いですか?」
「はい、良いですけど…」
「必ず責任を持ってお返ししますので」
「分かりました。どうかよろしくお願いします」
ひなが頭を下げた。

利倉はしばらく沈黙していたが、やがて顔を上げた。
「安倍さん、これらの失踪事件について長官に進言します。
総理の交渉にこの情報を追加して貰います」
「利倉さん、」
きみは不安気に利倉を見た。
 
利倉はきみにうなずいて話始めた。
「先生、これからは仮定の問題としての話になるのですが、
今回の発電機がアメリカの新技術であったとしても、あくまで
その技術を運用するのは政治判断になります」
「それはそうですね、ポツダム会談でトルーマンがスターリンに
原爆の保有を明かしたのはアメリカが原爆の開発競争に勝利
したとアピールする事で、戦後の政治状況をリードしようとする
意図があったからです」
 
「しかし、今回は徹底した秘密主義を貫いていますね。
この狙いはいったい何でしょうか?」
「そうですね、今回の発表から類推するとアメリカ側の自信は
本物だと思われます。その上で世界の市場を独占する為に
切り札を切ったという感じですね、つまり、他国は絶対真似が
出来ないという自信です」
「なるほど、それでアメリカ国内にも秘密にして10年間研究
してきたのでしょうか?」

「私は科学技術には素人ですが、10年程度の研究でこんな
半分永久機関のような発電システムを作れるとは思えません。
少なくとも30年位は基礎的な研究の期間が必要だったのでは
ないでしょうか?」
 
「だとすると、アポロ計画が終了して火星探査が本格的に
始動した位の時期でしょうか」

「そうですね、本腰を入れて宇宙に踏み出した時に何かが
あったのだと思います、新技術の開発に結び付くような
革新的な何かが」
「そう言えば、それ以降の宇宙開発はアメリカの独壇場でしたね。
実際に何をどう研究していたのか他国には知る由もありませんでした」
安倍が述懐してうなずいた。
「それだけの準備をしてきた上で一気に手の内を明らかにした
という事は、現在のアメリカの劣勢をここで逆転する意図がある
ものと思われますね」
 
「アメリカの劣勢?」
ひなが吉本を見た。
「つまり中東諸国やロシアによる石油市場の独占状況、日本や
中国による大量のアメリカ国債の保有状況、今後100年間の
スパンで見た地球環境への化石燃料と原子力使用によるリスク
の状況等です。
これらを一気に解消するクリーンエネルギーの開発と世界への
配分をアメリカが独占出来れば、超大国としての位置づけは
以降100年以上安泰となるでしょう」
 
「遠大な計画ですね、アメリカはそれを実動段階に移したと?」
「その兆しは見えていると思います」
「その場合に他国は生き残れますか、特に我が国は?」
 
「先ず中東諸国の劣勢は免れないでしょうね、石油資源の価値が
ほぼ半分以下になるはずですから。中国はかなりの抵抗をすると
予想されます、やけになってアメリカ国債の償還を迫られては
双方共無傷ではいられませんからね。
現実的なやり方としては中国を取り込む方向に動くと思われます。
  
ただ、日本はその手を使うのも限界があります。安全保障の殆どを
アメリカに握られているのが現状ですからね、下手をするとノーザンの
ミサイルが東京に飛んでくるかも知れません。もし多少強引でも
平和裏にこのエネルギー転換を成し遂げたとすれば、実質的な
アメリカによる世界支配の時代に突入すると言って良いと思います」

「先生、その中で一番のリスクは何でしょうか?」
安倍が身を乗り出して尋ねた。
「EUとロシアの動向でしょうね、ただドイツへの働きかけが
ありますのでEUは何れ懐柔されると思われます。問題は
ロシアですね」
 
「やはりそうですか、ロシアが暴発する可能性はありますか?」
「ゼロではないですが、ロシア側から見た現実的な対応を
考えれば中国やEUを取り込む方向に動くと思われます。
何と言っても現在の常任理事国ですから国連を介した交渉では
解決出来ないですね、どちらが先に中国とEUを自分の陣営に
取り込むかが勝負です」

「先生はどちらになるとお考えですか?」
「恐らくアメリカが勝利するでしょう。何れはロシアも孤立して
アメリカの提示する不利な条件を飲まざるを得なくなると思います
まあ、そのはるか前に日本は手を挙げていると思いますが」
「ではどう転んでもアメリカの優位は動かないと?」
「普通に考えればという事です。突発的に中東やロシアが暴発
すれば、また別の恐ろしいシナリオになる訳ですが」
 
「戦争ですか?」
 
「それもあり得ますが、例えば中東諸国が今一斉に原油の輸出を
ストップすればアメリカの戦略は崩れますね。或いはインフラへの
自爆テロが多発する可能性もあります、その場合にアメリカは
開戦の理由を正当化するのは難しいですね。何しろ対イラク戦で
味噌を付けていますから」
 
「なるほど、それを中国なりロシアなりが裏面で糸を引く可能性も
ある訳ですね」
安倍が納得したようにうなずいた。
「先生、日本が進むべき現実的な方向をどうお考えですか?」
利倉が自嘲気味に吉本を見た。

「日本の選択肢は限られています。既に、為政者がそのどれを
選ぶかを決断する時期が来ています」
 
 
吉本は利倉に向き直った。
 
                                       つづく