「うん?それじゃあヒーローの非日常性って何よ?」

「そうね、ヒーローっていうのは困った時だけ必要なのよ」
「困った時だけ?」
「そう、ヒーローが現れるのはね、みんなが困り果てた、ここでホームランが
出れば逆転サヨナラだっていうような特殊な状況、非日常の世界なのよ」
「ふーん、そんなものかな」
「あのね、サザエさんにはヒーローなんて出てこないでしょ。特殊な才能が
光るのは特別な状況だからなのよ。火事場に飛び込んで赤ちゃんでも
助けてくれば一躍ヒーローになれるのよ」
 
「なるほど、その例は分かりやすいわね。でもそれなら木枯らし紋次郎とか
中村主水は何故ヒーローなの?」
「木枯らし紋次郎はね、流れ者なのよ。旅をしていく村々にとって彼は
初めてやって来たよそ者なのね」
「よそ者?」
「うん、つまりその村々の人達は彼に対する責任は無いわけよ」
「ふーん、それで?」
「その村は地元のやくざとか代官所(だいかんしょ)とか、村人達より強い
立場の勢力から迫害されているのね、そこに紋次郎がやって来てやくざの
親分や悪代官を叩き斬って村を去っていくのよ。
村人達は救われて刑事責任は紋次郎が背負って行っちゃうわけで、
こんなにありがたい事は無いわけよ。彼らにとって紋次郎はヒーローに
なるわけね、でもこのヒーローは活躍が終わったら去ってもらわないと
困るわけよ。そして上手い具合に紋次郎は次の旅を続けていくのね」
 
「そうか、紋次郎は村の人間じゃないから日常的な存在じゃ無いのね。
村の生活を圧迫する非日常的なやくざや代官の迫害という状態を
これも非日常的な紋次郎という外からの要素で取り除いたわけか」
「その通り、非日常的な状況を解決する非日常的な存在。ここに
ヒーローが成立するのよ。
そしてこの流れ者のパターンは股旅物(またたびもの)っていうアウトローの
旅行物語のジャンルを作り出したのね」
 
「なるほど、股旅物か。じゃあ中村主水も股旅物なの?」
「ううん、中村主水は町奉行所の同心(どうしん)っていう役人なんだけど
裏の稼業として仕事人(しごとにん)をやってるのね」
「仕事人?」
「金で暗殺を請け負う殺し屋よ」
「それは非日常だと思うけど、ヒーローになるの?」
「うん、主水に仕事を頼むのは法の網をかいくぐるやくざや悪い旗本
(はたもと)の被害を受けた江戸の庶民、この人達はまともに奉行所に
訴え出ても取り合ってもらえない弱い立場の人達。
表立って救えない人達の恨みを闇のプロ達が晴らしていくのよ、仕事の
翌日主水は相変わらずのダメ公務員で窓際族(まどぎわぞく)の仕事を
続けるのね」
 
「へー、それは日常の中の非日常ね、慢性的な日常社会の不満を
仕事人が解消するわけか。でもこれは誉められないヒーローね」
「うん?紋次郎だって表立っては誉められないわよ。彼はお尋ね者
(おたずねもの)という指名手配犯の状況をあえて受け入れて旅を
続けるのよ。主水は社会から切り捨てられた底辺の人達をわずか
ながらでも救っていく貧者の一灯(ひんじゃのいっとう)と言えるかもね」
 
「えっ、それは違うでしょう。紋次郎も主水も違法なアウトローなわけ
だから彼らの行為は誉められなくて当然なのよ」
「はたしてそうかな?彼らが日常から切り離されてるのはそういう超法規的
処置で弱者を救う為だからよ、日常のシステムが対処出来ない被害を
緊急避難的方法で救うのがヒーローという存在なのよ。燃えてる家に
飛び込むのは厳密に言えば違法行為じゃないの?」
 
「なるほど、ヒーローの活躍は緊急避難か。でも救われた方は感謝する
でしょうね、違法かどうかは関係ないか。まあ法律は人間が決めた基準
だから大なり小なり違法状況は発生するわね、それを解決出来れば
ヒーローと認定されるわけだ」
「そうよ、救われた者は単に感謝すれば良いのよ、その後何の責任も
問われないんだからね」
「あっ、でも主水はお金取ってるわね」
「まあ只でやる場合もあるんだけどね、あくまでアウトローという立場を
強調してるんだと思うのよ。仕事と割り切って違法行為をやる、これは
自分にも依頼者にも覚悟を決めさせる要因になるんじゃないかな」
 
「あっ、ちょっと待って。ヒーローがアウトローなら4番バッターの例えは
おかしいじゃない、彼はちゃんとルールを守ってるわ」
「確かにね、でも決勝打を打った瞬間彼は非日常的な存在になるのよ」
「何で?よく分からない」
「ずっと劣勢でこの状況を挽回するのはセオリーなんかかなぐり捨てた
スーパーマンの登場しかないっていう場面で逆転のヒットなりホームラン
なんかを打ったバッターはその非日常性の故にヒーローという超人になるわけよ」
 
「わー、何だか哲学的。じゃあ負けるパターンにはまった日常的な状況を
ひっくり返した数秒なり数分なりの間は彼はアウトローになってるっていうわけ?」
「そう、彼にしてみればその時間はほんの一瞬でも総てを超越した神に
なってるのよ。これは他の選手にしてみれば受け入れがたい理不尽な
事態なのね」
 
                                         つづく