自分は時に、来談者中心療法みたいな立場もとる、今日も間借りしてるオフィスが前あったのだけど、自宅にきてもらう予定があったので、来てもらった、といっても相手はプロ。前々から予定してたことなので。しかし昨日の夜からいろいろやることがあり、午前中にもやりことが多かった。
途中できてもらうのをキャンセルしてもらうことも実は考えたけど、そうもいかない。一人は男性、一人は女性、分野は類似してるものの。かける範囲で書きたいと思う。ここも自分の出し方というか(自己開示につながってくる)。いろいろいわれるのは詳しいですねとか、良い人だといわれることなのだけど・・・、私がそんないいかな?そんな詳しいかなと?と自問自答してしまう。汎用性スキルというのは一定の時間をかければ、誰でも身につく可能性が高い、しかし非汎用性スキルは別で自分だけにしかできない特化した分野になる。たとえばソーシャルワークがある程度出来る人だと、場所やポジションによって仕事内容もかわるし、同時に、心的なことを扱いながらソーシャルワークが出来る人というのは実は少ない。
私の場合、心理的にはいたいとこにいるという形をとる(相手のコロロに寄り添うのは当然で、逆にあいてにも、いたいとこにいていいだよとも伝えることもある)、相手の話をききながらも、自分がいたいとこにいていいとおもうから。それはおいといて、私が疲れてる時はわりと多弁になる場合もある、逆に話をきいてるときは共感性をもってきいている。ようは2つのモードをつかってたりする。今日たまたでた話で言える範囲は組織の中の個人の仕事の負担の割合や組織のマネージメントの話などだった。
色々知ってるし、詳しいですね、最近いわれて、なんともいえない気分になる、いえいえ、そんな詳しくないですよと答えるし、謙虚で穏やかでいたいものですよと答える。たまたま認知症の話と、神田橋條治の話がでた。神田橋條治先生がかいたスーパービジョンの本はかなり前に買ったことがあるので読んだりもしていた、また都内にも神田橋系のクリニックはある。昔だけども知ってる人(今も関わりがある)に、そんな本を読んじゃダメだといわれたことがある、内心、はっとなった。毒気にさらされるというのだ。当時なにをいってるのかわからなかった。貴方はリアルで神田橋先生にお会いになったことある?と聞かれ、ないですと答えた、神田橋先生は元気なんだよねぇといってたのを記憶してる。現在は90歳ぐらいらしい。継承者もいるんだろうなと思う。
九州はなぜか知ってるセラピストもいたり、神田橋先生の話が耳にはいってることがおおかったし、九州とかきくと、荒っぽいイメージが何故かわたしにはある、話をきいてみると博多のほうとか、そういうとこはそうらしい。しかし熊本とかそういうとこはまた違うらしい、そこまではわかった。
話は戻って、色々詳しいのがいいのかどうかだと思う、私は時に何も知らない状態をつくりあげたりする(限りがあるけど)、一定の事に集中してわかったと認知的にはおもっても体験的には別だったりもする、体験は特に重要だと感じる、そして体験の蓄積から直感が働く場合もあるし。
いまコービッドの時代に入って、意図的に気持ちを切り替えるのが案外大変なんじゃないか?!私はいつもそう思うし、そう感じる。なので私の場合、お酒をつかうこともあれば(お酒に使われるのは嫌だな)。意図的に、自分が気に入った空間にいく。一定のストレスや気持ちが煮詰まった時には、自分のお気に入りスポットにいって気持ちを切り替えるということをする・・・・・のだけど、出来るようでなかなか難しい、というのはコービッドの関係で、前やってたとこがやってなかったりするからだ。しかし自分の時間をとったり意図的に気持ちを切り替えるのは重要だと思うのは私だけなのだろうか?。
誰でもそうかも知れない、女性だったら女性どうして何処か遊びにいったりとか。私は男性だけど、一人でよくでかける、そして自分が好きな場所に訪れると(そんなお金とつかうわけでもないんだけど)。1日はかえってこないかもしれない。歩いて散歩したり、自分が気に入ったお店にはいってみたり。自分が良かった時の場所を訪れみたり。案外そういうのが楽しい。
後、私の趣味は料理なので、食べたいものは自分で作ったりしてる、五感を使うし、楽しい。
まぁ・・人に聞かれてアドバイスしたり調整したりということもあるけど、セフルケア、自分のメンテナンスはとても重要だと思う。まぁ誰かにそれが重要と私がいった場合、自分が実行してないのは・・よくない。私は料理が好きなので、なるべく野菜をつかうようにしてる。スマフォのデータの中は料理ばかりになってしまった。
それに自分だって悩むこと(苦悩すること)があるけども、それに対してどうしていくかとか自問自答することもあれば、知ってる人に聞くこともある、考えてみると、私は恵まれてる。そういう先人の恩恵をうけれるのだから。通常はカウンセラーなり医者なり(医療従事者や行政の人)でも場合によってスーパーバイズを望む人もいるだろう。
昔、こんなことがあった、ある学生とやり取りしてる時に、この学生はよくできるなと感じて、聞かれたことを答えていた。そうしうると私の知ってる目上の人がでてきて、まだ学生なんだからスーパーバイズしちゃだめだよといわれたことがあった。あれ、そか、そか・・・・・・・・・・そかな、思ったりもした。その目上の人のスーパーバイズは結構、枠がうまってるらしい、しかし私は彼の事ある程度しってるのか、そんなに受ける必要あるのかなと思ったりする。とにかくいわれるのは自己管理だったり、身なりだったりだ。偉い人でも結構、節約してるおがわかったり、見習うことは多い。それに知ってる経営者がいたり(医療機関なりその他なり)、聞ける環境にあるのもありがたいことだ。
そう考えると穏やかで謙虚でありたいと思う。
話はかわって、夜になると、趣味だけどエンジニアの人と話したりしてる、私もPCとかすきだったりするので、まったく違う分野だけど面白かったりする。もともとApple系の会社にいたこともあるけど。JavaScriptのコードをみたりVSCでコードの書き換えをしようとおもったり、コーディングする人にフローの設計をわたそうとしたり、メールで連絡とろうとおもったり。これはまた別の分野。最近、英語力がおちたので、街中にいってギャラリーにはいり海外の人と英語でという手もあったなと思い、ギャラリーに入るも、なんだか落ち着かなかった。プログラムのコードも一種の言語だからなれれば覚えるかもしれない。開発脳じゃないですかといわれたのだけど、うーん・・となる。
最近、使いたい言葉は「私にできることがあったらおっしゃってください」「ありがとうございます」などの言葉のフレーズ。謙虚で穏やかでいたいと常に思う。きっと私は色んな人に教わっているぐらいの気持ちでいたほうがいいのかもしれない、何事も過信は禁物だと思う今日、この頃です。
PTSDやパニック発作やフロイトの均等に漂う関心などかいたいのだけどまだまだ先になるのかもしれない。この文書うが人と自分にとって役にたってるのかどうかもまだ実感がわかないし、わからないこともある。いいねを、してくれた人が、まったく分野の違う人だったりする。いいねをしてくれた人、ありがとうございます。また最後まで読んでくれた人、ありがとうございます。
