相談ではないけど、ある程度、相手が自己開示してきた場合、自分の経歴を開示してもいいんじゃないかと思うようになった。私はエンジニアでもないと自分は思っているんだけど。IT系の人がいってることがたまに耳に入る。リアルタイムでチャットをしてると、現場はわからないけど、なんとなくイメージが付く程度。
パワハラとか性格が悪い人いるとか・・組織とか会社によって違うんだろうけど、人間関係場の悩みは確かに尽きないのだと思う、私もそうかもしれない。私の場合は、何か迷ってる時には即座に判断しない、迷ってないとき、もしくは明確に物事が出来るできないとなると即座に判断する。しかし物事が予定とうりいくってことは・・・・いい日もあれば、そうじゃな日もある。
焦ってる時は緊急の事が起きている時は、冷静になることが必要だし、誰かに手を借りる事も考えてほうがいい。が・・・しかし、そうもいかない場合もある、そういうときは断念の術をつかう。なにかもうこれは無理だと思ったら断念する。ようは諦めてしまう。全て思いとうりにいくなんてことはないし、ある程度ここまでは上手くいくだろう、ここまでは無理だろうとか、山登りをしてるイメージが近いかもしれなない。私の場合、自分でできることは、とりあえずやっておく、もちろん先延ばしにしてることもある。それに、ありえないなということも、起きる。そういう事が起きてくると、意図的に気持ちを切り替えないというのもある。
コービッドの時代に突入して1年と半過ぎぐらいになってきて、やっぱり生活のスタイルも私、自身かわった。不要な外出をしない、混んでるとこにいかない。マスクはするエタノールはもっておく、解熱剤はもっておくなど。
非接触でどう、相談をうけていくか、SkypeかLINEか、ズームなどあるだろう。LINEのセキュリティはいまいちな気がするけど。結局は、留守番電話で折り返し電話するスタイルが良いきがしてきた。
余談だけど、あるチャットのプラットフォームでは相談にならないといっていますが・・。
私があちこちで最近目にするケースは、相手を敵視するか相手を見下さないといきていけない人。これって誰かを常に否定して自分を肯定するという再現のないゲームになるように思えてならない。時には誰かの関係を遮断することも必要だとはおもうえけど、相手を否定して自分が優位だとする人がいまいち理解ができない。そういう人は、誰かをつねに否定して自分が優れてるといわないといけないわけで・・・・・・・・・。心理的に対等な対話ができないのはいうまでもない。しかしそういう人が、誰かに受け入れて欲しいといもいう、相矛盾するアイデンティが同時にあるのをみると・・・・・・。なんともいえない気分になる。(人は様々な顔をするものだけど)
日本人は心理的な同調が好きなとこもある、しかしそれって表面的に同調してるのかもしれない、もしくは同調してる輪ではそれがノーマルだということになる。一度はそういう中にいてもいいかもれない。しかし、うーん違うなと思ったら離れたほうが良いかもしれないと、つねづね思う。
しかし仕事で連絡を取り合ってる人には感謝をしたいと思う、こんど、ありがとう、そういうフレーズをつかってみたい。
山登りにたとえると、私は下山途中というとこだと思う。私の文書を読んでくれってのも、おこがましい気がしてるけど、読んでくださるかた、ありがとうございます。
