私は、相談にのることがあったりする、その場合、一切話しを聞かないモードとか話を聞くモードとかきりわけている(これをモード切り替えという)。ある程度心理理療法なり精神療法を知ってる人ならわかるかもしれない。それと相手の性格をかえようとすることはしないように最初はする。前提だけども、関係性の構築が、前提になるからだ。一般的にこのあたりは大学でも大学院でもおしえてるのではないかと思うのだけど。結構な体力がいるのはいうまでもない。電話であろうとSNSであろうと、それは私には変わりがないかもしれない。より多く、相談時間をとればいいというものでもないし。例えば、無料のチャットサイトで(というか実際にある)。これこれにかんして悩んでいるけど相談にのってくれないかというケースはある、私は関係者以外は拒否することにした。前提として、そういう人は無料で相談のってもらうのが当たり前という信念もし英語でいうとこのBriefがあるのでないか。コアな性格のとこまで変更するとなると結構な時間と労力をつかうのはいうまでもない。ある程度、カウンエリングスキルや治療スキルがあったとしよう、相手を患者さんともクライアントといってもいいだろう。自分のとこに来る人=相談に来る人なのだけど。しかし相談に来る人に明確に、こういう同意書などを作成してるのでサインをしていただけないかとか、料金の明確なとこもいわないと、相談関係はなりたたないと・・。例えばこれこれこういうスキルがあると明確にしたとする。私の場合、同業者でもリップサービスで行うことはある、しかし物事には限界がある。色々話をきいていくうちうに、もしくは組織全体をみていくうちに、事実関係をとる。私場合は基本は1:1でやりとりをする。電話越しでも相手のいってること、声のトーンなどには敏感になる。対面だとさらに、相手のしぐさから、なにからすべて見ている、それと同時に、自分になにがおきてるか?相手になにがおきてるか?ということをやる。自分にはこういうことがおきており、あいてにはこういうことがおきているのだなと。しかし失敗はつきものだ、完全なことは一切ない、人間は神様でもなんでもないし、万能な相談の仕方や、万能な医療もない(私はそう思う、だから失敗は想定の範囲内だと思う)。それに、相手が何をいいたいのか、いってることに時間がかかる場合もある(しかしどうじに、相手の問題もしくは、解決したいこと、もしくは言語化されないことには波長をあわせてたりする、それをいないことにされた存在ともいう)。例えばある人が、自分の中でうまくいかないことがあり苦情を私にいったとしよう(それはその人の人生の中でおきたことで、あると切り分けると同時に、共感性のあるやりかたもあるので、それを同時並行にする)。最初は雑談からはいるかもしれないし、ほぼパターンとして類似してることは話をきいてほしい共感してほしいということに限ると思うし感じる。が・・しかし・・相手いっている、ストーリーや、それに耳をかたむけすぎると、それもよくない。大体の場合は、そのように注意感心を向けてほしいパターンがおおいからだ。相手いってることに同意するかどうか別として、限られ時間がある。時間は無限にはない。
こう文章をかいてるのは自分に起きてることを整理するためでもあるし、無論、相談内容はいわない。しかし、相談に来た方は無料だろうが有料だろうが、おかまいなしだろう。そういうわけで、私は自分ひとりの時間が案外好きです。意図的にモードを切り替える、自分の気持を切り替えるってことをしてないと心身がもたない。私は絵をみたり音楽をきいたりするのが好きだったりする、それと、自分とはまるっきり違うことをやっている人で、まるっきり違うことを言ってくれる人も案外、好きだ。それに本音で言い合える人もすきだったりする(お互いのルールはあるのが前提、そういうのは相性もある)。なぜかとうと、様々な理由がある。仕事とプライベートをはっきりわけるのは難しい自分がいる、今の時代、コービッドの時代にあると、さらにそれが難しい気がする。生活スタイルからなにから変更をしないと思うのは私だけなのか?。様々な情報が飛び交う、しかし事実にもとずいてるのかわからない、当然ながら不安と疑心暗鬼がつのるだろう。対処の仕方をある程度わかっているなら別だけども。
しかし女性というのは心的操作をよくする(男性でもあるかもしれない)、あの手この手でこうまるで、私のことをきいてればいいのよという女性もいるし、女性のもつ心的操作はバリーションが多い。しかし、相手の心的操作をしたとこで変わらないと落胆するだろう、しかしまだそれを女性同士でも、対パートナーでもすることがあるかもしれない。
ふと思ったことがあった。私はカウンセラーとも治療者ともなのってない相手がいた(多分だけども相手はわかっていたのかもしれない)、相談のスキルをつかってしまうのが癖になってるとき「なんだか心理テスト受けてるみたいです」といわれたとき、はっとなった。そもそもが相手と私はそういう関係じゃないのだ。私、こういうことをいってくれた女性に感謝したい。あくまでも相手と私はプライベートなのだという前提でやりとしてるからだ。相手の問題をこちらで整理するというのは相手にとって不快である場合もあるだろうし。相談関係(治療関係においても)男女関係に近いのであれば完全NGになる。案外、そういう人から教わることは多い。
いろいろな意味で素の状態で話せる相手というのは貴重だとは思う、現代の世の中において。
お互いがなに気にもしないでいられて、好きなことをいえるという関係は案外いいいなと思う(なかなかそれはないけれど)。
時間あるときにフロイトの均等に漂う感心についてかきたいと思う。ここで書いた文章は、読み手には5%から20%いや、ほぼつたわならいだろうと思って書いてます。
次回に続く 考えてみると自分の文章をよんでくれっていうのもなんだか・・・て、気もしますが。
