無理をしない頑張らないということについて少し考える。何か誰かと話をしてる時に、頑張りますという人がいる。そういう時、私がいうのは頑張らなくてもいいというフレーズを使う。何故、そういうことをいうかというと肩の力が入りすぎてしまうからだ。ただでさえ頑張っているのに、それにプラス頑張るということを付け加えると力が入りすぎて頑張ることになる、それが続くかというと、何事も人は限界がある。頑張り過ぎたあげく、体調をを崩すこともあるだろう。頑張っただけ比例して結果がでるならいいかもしれない。成果主義の場合は、なにか一定の出来事の結果をださないといけない。これは結構、大変なことだ。日本の組織の場合、そんな成果主義ではないかもしれない。組織としての結果の利益がでればOKなのかもしれない。頑張る、努力する、真面目であるが美徳になる。しかしそんな生活をずっと続けていると、どうなるだろうか。仕事を頑張り続けたとする。仕事だけが人生だろうか。私はそれは違うと思う。仕事だけが人生であるとすると、それ以外の趣味や娯楽を楽しむことは人生ではないとなってしまう。日本人の性質として真面目で勤勉でというのがある。そして会社や社会に貢献する。しかし実質労働賃金は変わらずのままではないだろうか。物価は上昇し、消費税も加わっている。そしてコロナ渦がある。そうすると消費が抑制される可能性もある。お金があれば、何か買うことができるかもしれない。いろいろな問題が、お金で解決出来るのも確かにある。しかしお金で買えないものもある、年齢や愛などは、お金では買えない。例えば40歳の人が20歳になりたいとする、しかしいくらお金をだしても40歳の人が20歳になるのは不可能だ。それと愛について考えてみると、友情なり愛情なりは、そこに利害関係があまりないと考えるると、お金は、あまり関わってはこない。恋や愛は買えるだろうか、純粋な愛、純愛は多分買うことができないだろう。

