当時、私はスティーブン・ギリガンの愛という勇気という本をもっており、同時に、治療者向けのセッションを受けるという恩恵があった。また同時にハコミセラピーについても学んでいた。いま思えば懐かしい。私が相談室のベランダでタバコをすってると、コンサルテーターがタバコを一本くださいという。二人でタバコを吸いながら、今度、ハコミを使いますと、さりげなくコンサルテーターがいう。その後、オープンワークショップで私と彼とでセラピーをしたことを思いだす。オープンセッションだから内容はいってもいいだろう。通常の相談であれば内容の公開はありえない。オープンセッションの場合は参加した人が、ほぼ全員知ることになる。O氏が中心になってワークがすすめられるのを覚えてる。彼は熟練したセラピストだ。ある中年の女性だったと思うが、セラピーのセッションに参加したいと手をあげた。その女性は何か物欲しげな感じの印象だった。O氏は服装に着目した。私は、その時にポールスミスのシャツかなんかを着てたと思う。その女性は何か、服がほしそうな感じがあるのをO氏が感じて読み取った。明確にオープンセッションの場面を映像のように思い出すこともできるけど、文章にしても伝わるのは10%か5%かもしれない。ようはその女性は新しい服を着たいが、自分がそれに見合ってないと思ってたようだった。そしてO氏が枠組みを変えていゆく。自分が着たい服をきてもいいんだよと。私がもってるシャツをさっととって、その女性に着せたのだ。その服はユニセックスの服だったけどシルクの服で高いものだった。イメージの中で自分が欲しいと、着てみたいと思う服を着れた彼女は、服を着るという実感を味わった。実際にその女性が服を着るという実感を味わうことで。その女性は自分には見合わないという感覚を捨てて、新しい服を着るとという感覚を味わったのだ。このことは、一見すると、何の事柄にもみえないかもしれないが、その女性のとっては、アイデンティティのシフトが起きたといえる。自分には素敵な服は見合わない、価値がないという感覚から、自分には素敵な服を着てもいいし、見合ってるという感覚へシフトしたのだ。多分、彼女はお金がなくてもあっても、自分にとって素敵な服を買ってもいいという認識にいたるだろう。よく女性がウインドウショッピングをするのを、たまに、見かける。
女性がウインドウの中のマネキンのが着てるコートなどを見てるとき、あの服が着れたならと思っているのだろう。私は女性ではないけど、実際に来てみること、試着するだけでも、感覚は違うはずだ。自分へのご褒美に服を買うのもいいかもしれない。
何かを続けることについて、話が脱線した。今の話についていえるのは、人への好奇心だと思う。それなしにはセラピーを行うのは不可能だ。誰かに対しての好奇心。そして自分がなにに興味をもって、何を知りたいかは、個人により様々違う。しかし自分が好きなことを続けてる人は、なんとも輝いてみえるものだと私は思う。
個人であれ組織であれ、何かに対して情熱をもち、好きなことを続けるということは、失敗や成功の繰り返しもある、失敗は想定の範囲内だ。相談じゃなくても、何か好きなことを続けるとは、趣味でもいいのだと思う、案外、続けることは難しいのではないか、だからこの、ブログもあっさり続けることをやめるかもしれない。たまたま自分がかきためた文章をUPしてるだけなのだから。

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