何かを続ける事を少し考えたいと思う。仕事であれ趣味であれ、何かを続けるということは、そのことに興味があり、好きでないと続けることは難しいのではないだろうか。例えば、誰かに、これをしなさいといわれ、何かを続けたとする、それは本人の意思に関係なく続けたとすると、好きでもないことを、誰かに指示され続けることになる。それは指示された方の人にとって有益だろうか。推測するに違う。自分が本当に興味があり好きなことであれば、その分野に関しては、誰が何と言おうと、そのことについて知りたくなるはずだ。好奇心や好きという気持ちが続くのであれば、何かを続けるということは、一定の動きをするだろう。逆に好きでもないことを、自分の意に反して続けるということは限界がある。どちらにも限界があるけども、自分が興味があり好きであることについては挫折があったとしても、その物事に対しての好きは変わらない。永続性ということ考えれば、好奇心を持ち、その物事を探求するということは、当の当事者からすれば努力でもなんでもないのかもしれない。好きなことを続けるということは案外、その物事を見つけるのが難しいともいえる。本当に何が好きなのか、どういう事が好きなのかということが好きなのか、その出来事や物事が見つかるまで時間がかかるケースがあるからだ。しかし自分がこのことに興味があり好きなんだなということがわかると、その物事に取り掛かれば、自分が好きで選択して選んだことになる、そして自分で考えて、それを知りたくなる。私の場合は、あるきっかけでNPOでカウンセラーをしていた。私がカウンセリングに興味をもつとは、思いもしなかった。電話相談と対面の相談を行った記憶がある。スーパーバイザーはいなかったものの、コンサルテーターはいたのを覚えてる。何か相談を受けていると、そのケースに対して、どう対処していいのか、わからなくなる場合がある。その場合、3人ぐらいでロールプレイをして、何が起きてるかを知ることもある程度はできる。当時、コンサルテーションをしてくれたO氏はEMDRのファシリテーターを今はやっている。2に続く。

