しまちゃんの入院中に、病院から今後の治療方針について電話がありました。
鼻カテーテルを装着しているので、食事は問題ない。
また様子を見て、鼻カテーテルを装着したまま週末退院してはどうか。
ただ鼻カテーテルはいつまでも装着できるものではないので(衛生的に使用期限があるみたいですね、やはり)、食道に直接チューブを通して給餌することをお勧めしますと。
「それぞれのご家庭の考え方で変わってくるとは思うのですが、こういう状態になった時、一般的にどういう選択をされる飼い主さんが多いのですか?」と先生に質問してみました。
チューブは通さず、家庭で看取ることが多いとのことでした。
・・・。
主人に報告したら、「できることは何でもやればいい」と言ってましたけど・・・。
確かにせっかく家族になったのだから、できることなら少しでも長生きしてほしい。
けれど、これ以上しまちゃんに負担をかけてもいいのかとも思うわけです。
引きつけは起こさなくなったけれど、クルクル旋回し続けるしまちゃんを見ていると、本当にそれで
いいのかと。
私は猫初心者なのでよくわからないけれど、今のしまちゃんは例えるなら認知症を患っているように見えたのです。
ハッキリと意志を持っているように見えなかったのです。
しまちゃんはどちらかと言うと、「生かされている」状態。
多分、野良のままであればもう虹の橋を渡っていることでしょう。
保護して医療にかけた事により、「なんとか生きている」というのがこの時のしまちゃんだと感じていました。
どこまで延命治療をするのか。
私としては、もう家に連れて帰って最後を看取ってあげた方が良いのではないかと考えていました。
でも主人は少しの可能性があるのなら、生かせてあげたい、と考えていて。
私の母は肺がんで2015年に亡くなったのですが。
最後の一ヶ月弱はまともに呼吸ができず、酸素吸入を装着していたのです。
(寝たきりではなく、なんとか自宅で日常生活を送る体力はありました)
母も医療によって一ヶ月程「生かされている」状態だったのですね。「生かされている」状態でも、母に1日でも長生きして欲しかった。
けれど辛そうにしているのを見るのも、きつかった。
まさしく、この時のしまちゃんと同じ。
とりあえずは週末にお迎えに行きます、と病院へ連絡し、週末に帰宅する主人と話し合う事にしました。
結局はどんな死生観を持っているかによって、治療方針であったり看取り方が決まっていくのですよね・・・。
