こんにちは、幸福の科学二世信者のゆうかです!
今回は、最近話題になっているスシローペロペロ少年の承認欲求について、幸福の科学の仏法真理に基づく考察をお伝えしたいと思います。
スシローペロペロ少年とは、ネット上で流出した動画で、回転寿司チェーン店のスシローで寿司をペロペロ舐めて戻すという不衛生な行為を繰り返していた少年のことです。この動画は多くの人々から非難され、スシローの運営会社「あきんどスシロー」が約6700万円の損害賠償請求をしていたことが報じられました。

この少年はなぜこんなことをしたのでしょうか。私は、彼には強い承認欲求があったと考えます。承認欲求とは、「他者から認められたい、自分を価値ある存在として認めたい」という願望であり、「尊敬・自尊の欲求」とも呼ばれるものです。

この記事では、スシローペロペロ少年の承認欲求の観点から、以下の4つの論点から分析していきます。

1. 承認欲求の原因
2. 承認欲求の表れ
3. 承認欲求の原因
4. 承認欲求の対処法

それでは、早速見ていきましょう。

1. 承認欲求の原因
スシローペロペロ少年が承認欲求を持っていた原因は何でしょうか?
私は、彼には以下の3つの要因があったのではないかと推測します。

①家庭環境:スシローペロペロ少年のご家庭の状況はよく存じ上げませんが、彼は両親から十分な愛情や関心を受けていなかった可能性があります。例えば、両親が離婚していたり、仕事に忙しくて家に帰らなかったり、虐待やネグレクトがあったりすると、子どもは自分が愛されていないと感じます。そうすると、自分に自信が持てず、他者からの評価や反応に敏感になりがちになります。

②学校環境:一部情報では、スシローペロペロ男は不登校気味だったと言われています。学校で孤立してしまうと、子どもは自分が受け入れられていないと感じます。そうすると、自分に居場所がなく、他者からの注目や関心を求めがちになります。

③SNS環境:彼は金髪化して、迷惑行為を行う自分をSNSでアピールしていました。SNSでは、自分の写真や動画を投稿して「いいね」や「フォロー」を集めることができます。しかし、それは表面的で一時的なものであり、本当の自己肯定感や人間関係を築くことはできません。

以上のように、スシローペロペロ少年は家庭、学校、SNSの3つの環境で自分の存在意義や価値を見出せず、承認欲求を強く持つようになったと考えられます。

2. 承認欲求の表れ
スシローペロペロ少年が承認欲求を持っていたことは、どのように表れていたでしょうか。私は、彼には以下の3つの特徴があったと推測します。

①衝動的行動:彼は自分の感情や欲望に従って行動し、その結果や影響を考えませんでした。寿司をペロペロ舐めるという行為は、明らかに他人に迷惑をかけるものですが、彼はそれを気にせずにやってしまいました。彼は自分のやりたいことをやることで、一時的な快楽や満足感を得ようとしました。

②無責任な行動:彼は自分の行動に対して責任を取ろうとしませんでした。動画が流出した後も、謝罪や反省の姿勢を見せませんでした。彼は自分の行動が悪いことだと認めず、他人や社会のせいにしようとしました。

③自己中心的な行動:彼は自分のことしか考えず、他人の気持ちや立場に配慮しませんでした。寿司をペロペロ舐めることで、他人に不快感や不安感を与えることを無視しました。彼は自分が目立つことや注目されることが好きで、他人の反応や評価に依存していました。

以上のように、スシローペロペロ少年は衝動的で無責任で自己中心的な行動を取り、承認欲求を表現していたと考えられます。

3.承認欲求の原因
なぜ、承認欲求が出てくるかについて、大川隆法総裁先生は以下のように述べられています。

 それは結局のところ、根本的に自分自身に対する確信がないからです。自信がないからです。自己信頼がないからです。
 なぜ自己信頼がないか。それは、多くの人びとに評価されるほどの実績がない自分というものを、重々知っているからであります。人に褒められるほどの自分ではないけれども、しかし人には褒められたいと思う。ここにギャップがあるのです。では、このギャップをいかに克服するか。これを克服するために安易な道に走る方もいます。それは、この世的に注目されるようなことをする方向であります。

(大川隆法著『幸福の科学の十大原理(上巻)』)

結局、自己信頼が無いからこそ、そのギャップを埋めるために、SNSで有名になりたいといった安易な道に走る人が多くなっているのが現状です。

4. 承認欲求の対処法
では、どうすれば承認欲求を克服できるのでしょうか?大川隆法総裁先生は以下のように述べられています。

 苦しみや悲しみのさなかにあるとき、人間は自己否定的になって、「自分がいかに悪人であり、罪人であるか」といったことを悶々と考えます。しかし、もっとさばけた目で自分を見ることも大事です。「自分もそうまんざらではない」という見方もあるのです。
 これまでの何十年かの人生を振り返ってみると、「あの点が悪い」「この点が悪い」と、いろいろあるでしょう。しかし、「まんざらでもなかった」という思いもあるはずです。
 それは「自分も仏に愛されていたのだ」という気持ちです。また、「自分もだれかのお役に立っていた」という確信でもあります。
 自信というものは、小さな確信を積み重ねていくことによってできてくるのです。毎日、少しずつ、いろいろなことで自分を確認し、人のお役に立っている自分というものを見いだしていくことが大事です。それなくして、ほんとうの意味での自己確信はありません。

(大川隆法著『不動心』)

この文章から承認欲求の克服として学べることは、下記3点です。

①自分をさばけた目で見る:人は失敗や間違いをしたとき、自己否定的になりがちです。しかし、「自分もそうまんざらではない」との視点で自分の過去や行動を見ることで、完璧でなくても良いという受容の心を持つことができます。一つ一つの失敗を学びとして捉え、その経験を次へのステップとして活用することが大切です。

②「仏の愛」を自覚する:人は誰しもが完璧ではありませんが、それでも誰もが仏から愛される価値がある存在です。宗教的な背景を問わず、何らかの高い存在や宇宙の力、あるいは大きな流れの中で自分は愛され、価値があると信じることで、自分を受け入れ、自己信頼を高めることができます。

③日常での小さな成功体験の積み重ね:自信は一夜にして手に入れられるものではありません。小さな成功体験や確信を日々積み重ねることで、自信が育てられます。「人のお役に立っている自分」という実感を持つことで、自分の存在価値を確認することができるのです。

 結論として、承認欲求を乗り越えるためには、外部の評価を求めるのではなく、自分自身の内側からの価値を確認し、育てることが大切です。日々の小さな成功体験や確信を積み重ね、自分を受け入れる心を持つことで、真の自己確信を得ることができるでしょう。

 スシローペロペロ少年にも、幸福の科学の仏法真理を学んでいただき、反省を通じて、承認欲求を乗り越え、人生を立て直して頂きたいと思います。