今日の新聞によると、サントリーが青いバラを開発して売り出すという。バラにはもともと青い色素を生み出す酵素がなく、不可能の代名詞とされてきた。しかし、パンジーの色素を用いることで、90%以上の青色素を持つバラを作ったらしい。希望をかなえるという花言葉を込めて、1本2000円~3000円ほどで販売するらしい。
<青いバラ>にはただひっそりと心に咲く花であって欲しかった。自然の摂理のために存在することなく、人間の想像力や希望が生み出す心の花、青いバラ。それが実在することとなり、お金を出せば簡単に手に入り、簡単に送られ、飾られ、口にされ、切られたり枯らされたりする。そう考えると、自分自身の心の中で思い描き、大切にしていた花が枯れてしまうような気がする。
バラになりたいと思っていた竜胆についての詩がある。竜胆は美しいバラとして咲きたいと思うが、失敗し、夏の美しい花々に笑われる。しかし、冬になると神様に「咲いても良いでしょうか」と尋ねて美しい竜胆の花を咲かせるという内容の詩だ。竜胆が咲くには寒くならなくてはならない。美しく自分自身の花を咲かせるには適した時を待つことと苦難を乗り越えることが必要なのだということだ。この竜胆は自分自身の花を咲かせることができたとき、実は<青いバラ>になったのではないかと私は考えている。バラとは最も美しい花の象徴であり、そこに自分自身の持つ色彩である<青>を加え、美しい花を咲かせたわけである。竜胆はバラにとって不可能なことを可能にしたと言える。
自分らしく精一杯美しく咲く花、青いバラ。それが希望を叶える花の象徴なのであれば、希望を叶えることはつまるところ自分の人生を自分らしく美しく生きることに等しいと言える。そう考えると、青いバラが今の時代に世に出るということは、私たちが自分自身を見つめなおし、自身の進むべき方向に主体的に生きていくことの大切さが表明されているような気がする。