Ryo human Fujimoto -402ページ目

今、TVで

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テクニックかぁ。

すごいなー!笑

店に

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来てまーす!

店、店、店☆

2008/02/14

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〇〇専用車両。

昔の日記に書いたもの。

長くなります。


時間があるときに読んで下さい。


なんか・・・懐かしいな。


この文は、2006年12月7日の日記から抜粋したものです。


人を信じる事は難しい。本当に難しい。
人を信じる事は難しいが、
それを信じるために自分を信じる事も本当に難しい。
もっとも、投げ出すのも逃げるのも簡単なもの。
でも、投げ出したら自分らしさが無くなってしまう気がする。


真実や嘘が入り混じって混沌としてる今の世の中は
キリのいいところまでその人を信じて、
自分が損をしないようにしなければ渡っていけないのだろうな。
なんか悲しい。回り道をしてもいいから人を信じたい。

こんな言葉を見つけました。
「どんなに親しい友人や恋人でも、
100%信頼するのはよくない。信頼は98%にとどめておきなさい」

残りの2%は、仮に相手が過ちを犯したとしても、
「それを許す気持ち」のために残りの2%はとっておきなさい、
ということみたいです。


また、こんな言葉も見つけました。
『心から信頼できる人に裏切られたとして
「許せない」と思うのなら、それは本当の信頼ではありません。
裏切られて憎むくらいなら、
はじめから「信頼している」などと気取ったことを言うべきではありません。
「たとえ裏切られても、自分の意志で信頼していたのだから、後悔はない」と

思えてはじめて、「信頼」と呼べるのです。』


コレも色々と考えさせられました。
やはり、人を信用するのに必要なのは
『心の器』=『どれだけ人を許せるか』なのかな。


そして、人を信じることは一種の冒険。
冒険にはそれなりのリスクが負ってくる。
でも、リスクと同時に大きなプラスがやってくる。
どっちに転ぶかは考え方次第なのかな。
その人の信頼を得ようと人は努力します。
その人に認められたいがために人は努力します。
しかし、その努力にも関わらずに人は人を裏切ります。
本当に簡単に裏切ります。まるで日課みたいに。
僕も人を裏切った経験があります。
こうやって普通に暮らしてる、普通にこの文を書くだけでも
見知らぬ間に人を裏切ってしまってるのかもしれません。


裏切られた人は、やはり心に傷を負います。
その人を信用してたのに・・なんで??って思うと思います。
人なんかもう信用しない・・。って思うかもしれません。
しかし、考えてみるとその人の信頼を得ようとして努力した結果、
人は一回り大きくなってると思います。
裏切られた人の痛みも分かるようになってくると思います。
これは奇麗事と皮肉が混じってますが、
「裏切られたおかげで人間的に大きくなれた」と解釈してみたら
気も楽になりますし、また前を向くことが出来るかもしれない。


また「信じてるから」という言葉も重い。
「僕は貴方を信じてる」というのは、
その期待に応えないといけないというプレッシャーを人に与えてしまう。
「信じてるから」それくらいのことは完全にこなしてよね。ってな感じ。
でも、完全な人はいません。失敗しない人間なんていません。
僕なんか人一倍失敗します。失敗しろって言われなくても失敗します。
おっちょこちょいです、調子乗りです。よく思考します。
そんな僕がむやみに「信じてる」って言葉を使ってもいいのだろうか?
その人に過剰な期待だけを押し付けて、自分はのんびりと暮らしてる。
そりゃいかんでしょう。その人以上に努力しなきゃいかんでしょう。
そう考えるようになりました。


また話が変わりますが、
時には厳しいことも言わなくちゃいけない状況ってありますよね?
そんなとき、どこまで言っていいのかわからなくなります。
自分の言った言葉で相手を傷つけてしまったんだろう。
って自己嫌悪に陥ることもある。歯止めというか範囲がわからない。
それは、まだその人のことを良く知らないからなんでしょうか?
よく知らない人からの相談を受けることは間違ってることでしょうか?
話し聞くよ。って相談を受けることはいけないことなんでしょうか?
この頃、そこらへんがよくわからなくなってきました。
話を聞くことで色々な人の考え方を見ることが出来て
自分へのプラスにはなってると思うんですが、
そもそも、このことは一種の自己満足なのでしょうか。
やはり、多少の自己満足もあるかもしれない。
でも、その人が喜んでくれたら2倍嬉しい気もします。
人それぞれ自己満足の度合いは違いますから、難しいですね。


本題に戻ります。


騙すより騙されろと言うけど、
好んで騙される人はいない。僕も騙されることは嫌です。
損か得だけで人を騙す人、騙された人は
多分、人を信じるということは不可能に近い。
何かしら「信じる」ことに拒否反応を示すと思うから。


でも、母親はいつも信じてくれてる気がします。
自分がどんな状態であろうとも、子供だけは信じてあげている。
ほんまに無償の愛ですよね。
この母親の愛こそが「人を信じる」ことの原点なのかな?


いつか恩返しをしよう。と思いました。
そして、前向きに人を信じようと思いました。


思考が止まらず凄く長文になってしまいました。申し訳ないです。
読んでいただいた方有難うございました。お疲れ様でした。


そして、この日記は僕なり考えなので、
世の中にはこんな考えしてる人もいるんですね。
という軽い捉え方で宜しくお願いします。

■言葉■

懐かしい言葉を引っ張りだして来ました。


感慨深いものがあるね・・。


■言葉■

強い信念で、困難が乗り越えられる。

乗り越えた先には、いい音楽が作られる。

素晴らしい音楽には、素晴らしい仲間が集まる。

素晴らしい仲間には、素晴らしいお客さんが集まる。

素晴らしい客さんには、素晴らしい笑顔が溢れる。

そこで、こう言いたい。

『音楽は素晴らしいものだ。』