Sentimentalism × センチメンタリズム = 人間。 | Ryo human Fujimoto

Sentimentalism × センチメンタリズム = 人間。

今日も暑い。


行き交う人を眺めることで、自分のエゴから少し解放される。


少し雑踏の中に紛れてみる。時々自分の存在を確かめる。


繰り返す。繰り返す。


蝉と野菜を一緒の袋に詰めてる喪服姿のおじいちゃん。


駅員が7人乗ってる前方車両。


スカーフをかけながら、首ばかりを団扇で扇いでるおばちゃん。


座ることより涼しさを優先する人。


日常みたいで非日常。


日常には不可解なことがたくさん隠れてる。


ずーっと眺めていたい。


空想。想像。


本当の幸せとは何なのか?


多分、探しても見つからないんだろう。


急いでるときに見つからない家の鍵のようなもの。


しかし、それは確かに存在している。


目に見えないほど小さなものであったり、


手に余るほどの大きなものであったりする。


具現化されたり、具現化されなかったり。


おーい。と手を振ってみたり、


やみくもにそれを目指して走ったとしても、


こっちには来てくれないだろうし、すぐに手に入るものではない。


人は幸せ探しをするのさ。


幸せを実感したいがために。不安にならないために。


Sentimentalism × センチメンタリズム = 人間。


本当の幸せ探しするより、今存在する幸せを確かめよう。


ほら・・・そのとき不安は消えてる。どこまでも飛んでいける。


かっこ良い自分も、かっこ悪い自分も、好きな自分も、嫌いな自分も、


自分という人間を恥ずかしがらないで見せていこうと思う。