\\ 総領の甚六の胸算用事始 \\
画餅に涎を垂らすような、大分とぼけた暮らしを長年してきたから、
利益勘定の感覚がすこぶる鈍いのだと思う。
腰弁当の勤め人になった今、それで人一倍苦労している。
如何に組織全体に利益をもたらすのかを考えるのは、けれど面白い。
足りない脳味噌を机上でウンウンこねくり廻して、毎日あっという間に日が暮れる。
実際、自分には効率的な利益獲得の方法論が欠如しているのだけれども、
ビジネス書を読むだけの根気もまた持ち合わせていない。
十八番の薄ら笑いでもって、明日もまた上司の叱責をゆるりとかわそうと思う。
始終珈琲ばかり飲んでいるから、さっぱり痩せないのだけれども、
気休めのプールにだけは欠かさず通っている。
こういう根気だけはなぜか持っている。
というか、やることが他に何も無いからなのだが。
どしゃぶりの雨の中、帰宅時でひどく混雑した道をノロノロ走り、
今日も今日とてプールに行って、緊張感のまるでない肉体を惜しみなく晒していたら、
会社の若い経理の女子社員と出し抜けに出くわした。
自分は普段眼鏡をかけていて、おそらく視力が悪いと思われているだろうけど、
僕の眼には”遠視”というトリックが密かに仕掛けられているので、
大体のものは裸眼でも実は見えている。
週に多くて二言三言しか交わさない、全く親しくない間柄であるのに加え、
お互いに決して自慢の出来るような姿ではなかったので、
結局、素知らぬふりをして、言葉を交わすことはなかったが、
何となく明日会社で顔を合わせるのが気まずい。
そして、つくづく世間は狭い。
「井の中の蛙大海を知らず、されど井戸の深さを知る」
とは言うけれど、
こんな井戸(世間)の深さを知ったところで何になるのか、甚だ疑問だ。
こんな締め方をする僕の感性のほうがもっと疑問ではあるけれど。