被災。 | drop by drop つれづれなるママ、我流育児。

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Live as if you were to die tomorrow.
Learn as if you were to live forever.

by.Mahatma Gandhi

実は今週、生まれて初めて被災者を経験していました。


先週末から旦那くんの実家に帰省し、

お墓参りをしたり、おはるさんと田舎道をお散歩したり、

のんびりゆったりのお盆休みを過ごしていたのですが、

大阪に戻ろうと予定していた日に、ニュースで流れていた通り、

近畿地方を襲った豪雨により、たった数時間で

のどかな京都の田舎が、被災地になりました。


明け方にものすごい勢いで降り続ける雨の音と、

ほんの数メートル先に落ちたんじゃないかと思えるような、

地響きを感じるような雷の音に目が覚めて、

同じく目を覚ました旦那くんと、「今日帰るのは危ないかもね・・・」

なんて話していたら、ふわっと電気が消え、停電になりました。


でもそのときはまたすぐつくんだろうなくらいに思っていたのですが、

家の外を見ると、家の裏手にある家庭菜園が川みたいになっていて、

遠くを見ようにも、雨が強すぎて先が見えないくらいでした。


停電は丸一日続き、携帯の電池も切れてしまい、情報源はラジオのみ。

そのラジオからものんきな音楽が流れていたりして、なんじゃそら!な状態。

今どういう状況なのか、一切情報が入ってこない!

それでも職場が近くにあるお義母さんやお義兄さんは呼び出されて

出かけるしかなく、出かけた先で仕入れてきてくれた情報により、

土砂崩れで通行止めとなり、実質孤立状態であること、

ご近所の方に、家屋が土砂に埋まってしまった家や

床上浸水した家があることを知りました。


職場が近いとはいっても、そこまで行くのに電信柱や大きな木が

倒れていたり、土砂が道になだれ込み、雨はやまないしで、

大変だったとのこと。


お義父さんは職場から帰ってくる道をふさがれてしまって帰ってこれず、

途中で親戚の家に車を預けて、ズボンを泥まみれにしながら、

何キロもの道を歩いて帰ってくる始末。


幸い、水とガスが使えたので、お鍋でお米を炊いて、

非常用のランプをみんなで囲みながら食事を摂りました。


おはるさんは懐中電灯を片手に元気いっぱいで、

気落ちした大人たちにとっては、それが癒しでした。


雨が止んで、電気が使えるようになってからも、旦那くんも含め、

男手は被害の大きかった近所のお家の土砂や瓦礫の片づけを手伝いに。

私はおはるさんとお留守番だったけれど、一日に何度もヘリコプターが

偵察に来る大きな音で、落ち着かない時間を過ごしました。


数日のつもりが、ほぼ丸一週間の帰省となった今回。

昨日の夜、やっとやっと大阪の自宅に戻ることができました。

あぁ・・・本当にほっとした。


東北の被災地の方々に比べたら、被害の大きさは比べ物にならないけれど、

被災地の方々がおっしゃっていた「情報が入ってこないことによる不安」や

「見通しが立てられない苛立ち」というものをリアルに感じました。

そして、何でも実際に体験してみないとわからないものだと改めて実感しました。


とりあえず一旦自宅には戻ったけれど、実家の状況も心配だし、

何より気落ちした大人にとっては、おはるさんのあの天真爛漫さは

いま必要なエネルギーだと感じたので、来週はまた実家に

帰省しようと思っています。