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Everything is Going to be All Right

スコットランド在住20年ー>アイルランド移住

日本ではまだマスクの着用が義務付けられていて、フランクフルト発の全日空に乗った瞬間から、常にマスクをする生活に戻った。


マスクはこちらでも使っていたものを使っていた。


ところが日本について、そして実家について、近所に買い物に行ったときに、通りがかりの人から向けられる視線に気づいた。

 

 このピンクのマスクを使っていたのだが…


日本では、ほとんどの人が無地のマスクで、不織布のマスクを使っているようだった。その中、このピンクのマスクはさぞかし奇異に見えたに違いない。


その他にも、自分が何度か日本人の行動様式から外れていることを感じるときがあり、「切支丹のにおいをもちこむ」という気取ったものではなく、エイリアンになったような気がした。


実家でも、なんとなく土足でズカズカと上がり込んで、東京タワーや高層ビルを踏み荒らすゴジラになった気分がした。


家があまりにも汚れていて、途方に暮れた翌日、まず自分の本を処分するところから始めた。母からは「こんなに捨てるの?寂しいわね。もう読まないの?」とチクチク言われた(妹が溜め込んでいるものを整理して欲しいと言ったら「寂しくなるからイヤ」と言われたらしい)


2日目は父の郵便局での用事と病院の外来の付き添い。血液検査やレントゲンなどの検査をし、医者から結果について話を聞いた。そのとき、その医師は何度も「九死に一生を得たね」と繰り返した。


父が倒れたとき、この病院に運ばれたのだが、父の容態を診て、心臓外科専門の病院がそれほど遠くないところにあったのでそこに送られたが、その病院が近くにあったのが本当に幸運だったらしい。


食欲がないのが心配で、と相談をすると「食わないと力が出ないからね」と言われていた。舌の感覚がおかしいのは、手術のときに一旦、心肺停止をするので、その時に軽い脳梗塞が起きたせいかも、という話だった。


普段は、昼も夜も寝てばっかりだった父には強行軍で、かなり疲れたようだが、大きな用事を済ませ、ホッとしたようだ。


次の日は、ゆっくりするのかと思ったら、壊れた携帯を直してもらうため、買った店に行きたいとのこと。ついでに床屋に行って髪を切ってもらいたい、ということで付き添いに行った。私がいることで心強く感じたらしい。


携帯を直してもらい(壊れていたのではなかったけど)、父が髪を切ってもらっている間、近くのスーパーで買い物してくるというと、父がそのスーパーにある電子レンジで温めるご飯とレトルトのカレーを買ってきてくれ、とのこと。食欲がない、と言っていたのでびっくりしながらも、買ってきた。


家に戻り、父の希望でカレーを三分の一、温めて出した。やっぱり前のように「美味しい」という感じがしない、と言いながらも食べていた。


この日から、味覚が少しずつ戻ってきたのか、私がデパ地下で買ってきたキムチや韓国寿司、母が揚げた蕗のとうの天ぷらなど、「美味しい」と言って食べるようになっていった。


食べる量や種類が増えるにつれ、少しずつ起きる時間も長くなり、活気が戻ってきたように見えた。そして倒れる前はいつもそうしていたように、コンビニに行って、アイスクリームや食べたいお惣菜を買ってくるようになった。


妹がスペインから合流し、父の弟と妹を呼んで、近くの行きつけのイタリアンレストランに快気祝いに行ったが、父のために特別仕入れてくれたムール貝を、美味しそうに食べていた。家に戻ってからも、「あれは美味しかった」と繰り返していた。


ほんの一週間前は、少量のスープをすすりながら、何を食べても美味しくない、と言っていたのに。


滞在の半ばから、トイレやお風呂場などを手持ちの洗剤で、出来る限りのディープクリーニングを始めた。母は、ありがたいと思うよりも、迷惑に感じているようだったが。


はた迷惑なゴジラはあっちこっち家を掻き回したが、澱んだ空気が一掃されて、父には刺激になったのかもしれない。


先程のビデオコールでは、家から駅までの往復するトレーニングをしたようだ。ほんの二週間前は、家から駅の下り坂を降りるのがやっとで、坂を上って帰ってくるのは、息が切れてできなかった。

父のペット、メダカ。