10日間、タイを旅行して来た
いい仲間とゴルフ三昧をして来た、早朝からのゴルフの毎日だった
それにしても同級生の77才の連中は他の若い奴らより元気がいい
「今の若いのはダメだなあ」なんてほざきながら球を打つ
若いと云っても50、60代の人達だがね
西丸震也の「41才寿命説」の本によれば
大正、昭和一桁生まれが死んで居なくなると、途端に平均寿命は短くなる
50才代になり更に若くなる、それだけ体に基礎がない、やわなんだ
昭和36年以降に産まれた人達は41才が寿命だと云う。
それは人間の体の心の基礎造りができていないからだ

兄弟が少ないから甘やかされ、贅沢の中で、朝からご馳走を食べ
働く事を知らない、造り上げることをしない
だから知識ばかりで、智慧がない、工夫しない、その上体を動かさない
だから長生きできる訳はない、寿命は若い時の生活で決まる。

僕ら昭和一桁は戦争時代、碌なものは喰ってない、喰ってなくても
朝から晩まで動いていた、目標と生き甲斐をもって眼を輝かせて生きていた

僕は10人兄弟姉妹の真ん中だ、喧嘩しながら仲良しだ、大貧乏の大家族
毎日戦争だったなあ、兄弟みんな働いたなあ
僕の親父なんか僕が夜勉強していると「電気代がもったいないぞ」と云って
電気をパチンと消しやがった、だからは僕は目が良いんだ
信州の雪明かりで勉強したから視力がいい。
学校へ行こうとカバンを抱えて玄関を飛び出そうとすると
「今日は学校じゃねえだ、田植えだ」と怒鳴る
親父はいつも云う「勉強より、喰うのが先だ」と
それはそうだ、喰わなきゃ、勉強もできない
仕方ねえ、今日は学校ではなく、田植えだと、諦める
そんな毎日の連続に耐え、悔しがり、頑張り、朝から暮れる夜まで
田んぼ仕事、山仕事に精を出していた
僕は学校の教科書を抱えながら田んぼや、山に行っていた
僕の教室は田畑であり、山仕事、炭焼き小屋にあった
だから僕は学校の成績が良かった

今回、タイに一緒に行った連中も東大、一橋、早稲田だ
勉強しながら仕事をしたんじゃない、仕事しながら勉強したんだ
勿論学費はてめえ等で稼いでいた
そこへ行くと、今の若いのは親から学費をもらうのが当然だと
思っていやがる、だからみな唐変木で何もできないんだ

そんな同じ境遇に育った連中とワイワイ、馬鹿野郎なんて言いながら
の楽しい旅行だった
日本と違い、午前中に18ホールのワンランドが終わっちゃう
シャワーを浴び、ビールの乾杯がウーマイ、生き甲斐を感じる
タイマッサージを2時間やる、寝てしまう

それからサムイ島まで飛んだ、ノンビリゆったり何もしない
1日中海岸でひなたぼっこ、読書しながら眠りこける
晩餐パーテイでタイダンス、タイ料理に舌鼓をうつ
素っ裸で寝る、昼間も夜も裸で暮らせる
「今頃、日本は寒いだろうなあ」と思う
寒いときは暑いところで暮らす、暑い時は涼しいところで暮らす
これが出来るなんて「僕は幸せだなあ」
少年時代では、とても考えられない生活ができる
それからの苦難と屈辱の中年を経て、今77才、ようやく老年を迎えた
これから生きてもそんなに長いことはない
せいぜい生きても30年位だなあ、贅沢三昧でやろう

こんな幸せいつまで続けることが出来るかなあ
でも大丈夫だ、僕には若い時の基礎がある
生活の基礎は若い時に造っておいた
バカにされ、恥をかき、中傷と非難、一文無し、宿なし金なし職なし
服もなし、自分の不幸を嘆き、何回死のうと思ったか分らないよ
でも歯を喰って、涙を拭い、やって来た
だから、今がある、困難は人生の宝物だ、逃げてはいけない
真っ正面から堂々と胸を張って行く、すると必ず扉は開ける
面白かったなあ、これからも面白いことがある
だから生きてる、生き続けているんだ

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