本日、日本からイギリスに帰ってまいりました。
今回はあまり仕事がらみの用事を入れなかったため、体力的には楽な旅行でしたが、精神的にはかなりつらい旅になりました。
69歳になる母から、末期ガンであることを報告されたのでした。実は数ヶ月前から調子を崩して、色々検査をしていたのですが、電話等でははっきり検査結果をいってくれませんでした。直接会って伝えたかったようです。
なんとなくそうではないか、といぶかってはいたものの、実際に報告されるとやはりショックで、心臓をギュッとつかまれたかのような感じがしました。
私、玉置、基礎生物の研究とはいえガン研究に関わっております。それゆえにガンという病気の奥深さについてはそれなりにわかっているつもりでおります。今回、日本帰国直前にも、 CRUKというガン基金主催の学会に参加してきたばかりです。
ガンというのは、本当に直すのが難しい病気です。というのは、ガンというのは、人間のみでなく、すべての動物そして植物も含めた、「多細胞」からなる生物と、きってもきれない関係にあるものです。
私は、ガンとは、身体という社会に起こる反乱者のように見ております。ガンとは、外部から入ってきたものではなく、自分の身体から生じた自分の一部なのです。健康な状態では細胞は身体全体としてのルールにしたがっているわけですが、がん細胞はそれらのルールに従わず、場所をえらばず増殖し続け、それゆえ最終的に身体そのものを破壊してしまうという病気なのです。社会にもルールを守らず、犯罪を起こす人はおりますね。まさしくクーデターです。とはいえ、身体が死んでしまうとガンそのものも死んでしまう訳ではありますが。
今回に日本にいく直前にCancer Research UKとよばれるガン基金の学会に参加してきて、さまざまなクリニカルトライアルの話を聞いてきたのですが、CRUKやアメリカのガン研究では、Beat cancer, War against cancerと、ガンというものをまるで異星人のように、完全に敵対視しておりますね。ただ、私的にはそれはもう一つピンとこないのです。
もしガンがそのようにみるならば、ガンの最もよい対処法は間違いなく、予防と早期発見です。予防とは、常に健康な生活をしておくこと、そして早期発見されれば、とくに転移が始まる前であれば、多くのガンは直ります。社会のメタファーで言えば、悪意のない安定した社会と、そして、軽犯罪のうちに発見してしまう警戒態勢が重要ということです。ただ、残念ながら母の場合、この対処法にはすこし遅いのかもしれませんが。
母はつねにガンになったら無理していきたくないといっておりましたが、結局父との相談の上、ともかくまずは化学療法にトライしてみることを決めました。私もトライの価値はあると思っております。とはいえ、母も私も必要以上にあたらしい抗がん剤等を試してみたいとはおもいません。抗がん剤はつまるところ、増殖する細胞を殺す操作です。一般的にガン細胞の方が増殖がはやいとはいえ、健康な細胞も攻撃するのです。私は母の身体をいためつけたいとはおもいません。
むしろ母も私も自然療法を開始しております。つまりは身体そして精神の状態を変えるということです。ガンを完全に殺すのではなく、がんとともに生きるということです。私は科学者ですが、科学が全能であるとはおもっておりません。科学とはあくまで人間が自然を説明するための方法論であります。
化学療法のため、髪の毛が抜け始めているものの、いつもと同様に元気そう、あるいは父の態度の変化のためかむしろいつもより幸せそうな母をみると、正直いまだガンであるという現実味がありません。私は、むしろ本当に母はガンではないと、信じようとおもっております。末期がんから完治したケースももちろん多数あり、そして母がその一人であることを信じております。
すこし、ブログにしては話題がシリアスに、そしてプライベートになりすぎましたな。
それではこれにて。
今回はあまり仕事がらみの用事を入れなかったため、体力的には楽な旅行でしたが、精神的にはかなりつらい旅になりました。
69歳になる母から、末期ガンであることを報告されたのでした。実は数ヶ月前から調子を崩して、色々検査をしていたのですが、電話等でははっきり検査結果をいってくれませんでした。直接会って伝えたかったようです。
なんとなくそうではないか、といぶかってはいたものの、実際に報告されるとやはりショックで、心臓をギュッとつかまれたかのような感じがしました。
私、玉置、基礎生物の研究とはいえガン研究に関わっております。それゆえにガンという病気の奥深さについてはそれなりにわかっているつもりでおります。今回、日本帰国直前にも、 CRUKというガン基金主催の学会に参加してきたばかりです。
ガンというのは、本当に直すのが難しい病気です。というのは、ガンというのは、人間のみでなく、すべての動物そして植物も含めた、「多細胞」からなる生物と、きってもきれない関係にあるものです。
私は、ガンとは、身体という社会に起こる反乱者のように見ております。ガンとは、外部から入ってきたものではなく、自分の身体から生じた自分の一部なのです。健康な状態では細胞は身体全体としてのルールにしたがっているわけですが、がん細胞はそれらのルールに従わず、場所をえらばず増殖し続け、それゆえ最終的に身体そのものを破壊してしまうという病気なのです。社会にもルールを守らず、犯罪を起こす人はおりますね。まさしくクーデターです。とはいえ、身体が死んでしまうとガンそのものも死んでしまう訳ではありますが。
今回に日本にいく直前にCancer Research UKとよばれるガン基金の学会に参加してきて、さまざまなクリニカルトライアルの話を聞いてきたのですが、CRUKやアメリカのガン研究では、Beat cancer, War against cancerと、ガンというものをまるで異星人のように、完全に敵対視しておりますね。ただ、私的にはそれはもう一つピンとこないのです。
もしガンがそのようにみるならば、ガンの最もよい対処法は間違いなく、予防と早期発見です。予防とは、常に健康な生活をしておくこと、そして早期発見されれば、とくに転移が始まる前であれば、多くのガンは直ります。社会のメタファーで言えば、悪意のない安定した社会と、そして、軽犯罪のうちに発見してしまう警戒態勢が重要ということです。ただ、残念ながら母の場合、この対処法にはすこし遅いのかもしれませんが。
母はつねにガンになったら無理していきたくないといっておりましたが、結局父との相談の上、ともかくまずは化学療法にトライしてみることを決めました。私もトライの価値はあると思っております。とはいえ、母も私も必要以上にあたらしい抗がん剤等を試してみたいとはおもいません。抗がん剤はつまるところ、増殖する細胞を殺す操作です。一般的にガン細胞の方が増殖がはやいとはいえ、健康な細胞も攻撃するのです。私は母の身体をいためつけたいとはおもいません。
むしろ母も私も自然療法を開始しております。つまりは身体そして精神の状態を変えるということです。ガンを完全に殺すのではなく、がんとともに生きるということです。私は科学者ですが、科学が全能であるとはおもっておりません。科学とはあくまで人間が自然を説明するための方法論であります。
化学療法のため、髪の毛が抜け始めているものの、いつもと同様に元気そう、あるいは父の態度の変化のためかむしろいつもより幸せそうな母をみると、正直いまだガンであるという現実味がありません。私は、むしろ本当に母はガンではないと、信じようとおもっております。末期がんから完治したケースももちろん多数あり、そして母がその一人であることを信じております。
すこし、ブログにしては話題がシリアスに、そしてプライベートになりすぎましたな。
それではこれにて。