朝、熱と吐き気とめまいを感じた
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「全国の大学、高校ではしか大流行」
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やばいじゃん!!
ということで、今日は一日病院行って休んでました。
あ、検査結果は白です。ただの風邪です。明日、会っても石を投げないでください。
で、朝からぼんやりテレビを見ているといろいろあるものです。
農林水産大臣が亡くなったり。ZARDボーカルが亡くなったり。
「死ぬ」って、人生における×0だと思うのです。
それまでどんなことをしていても、死んでしまえば残りは人の心に生きるしかない。
死にいたるまでにどんな過程を踏もうと、残るのは悲しみとか、やるせなさとか、負の感情だけなんですよね。
自殺ならなおさら。
自殺にいたるまでの経緯なんて想像したくもないけれど。
今回の場合は原因は明らかなように思えます。
なんか、やるせない。
たとえばいじめによる自殺の場合。
責任は「いじめグループ」にあって、担任とか校長とかにも場合によってはあって、
彼ら、彼女らを罰すればかたをつけられます。表面的には。
今回はじゃあ、誰を罰すればいいのか。
明らかに、
日本ではないのか、と。
日本のいろいろな人が追い詰めた。
その結果が、自殺になったのではないのか、と。
もちろん裏には疑惑があって。
しかも本人の心理なんてわからないけれど。
自殺が悪だというのなら、
原因を作った人はどうなるのだろうか、と。
人は2つの側面を持っていて、
個人としての側面と、社会としての側面を使いこなしているのではないのかな、と思うのです。
個人としての「私」。社会としての、「一橋大生」という私。「日本人」としての私。
個人としてなら付き合える人でも、社会になると付き合えなくなる人はいる。逆もしかり。
今回なら、社会としての私を背負った人たちが追い詰めていったのかな、と。
そんなことをつらつらと考えていました。
たまに、じっくりといろいろ考えてみたい日があります。別に落ち込んでいるわけではないのであしからず。
では、また明日。お会いしましょう。