この世の情報を整理してみます。


この世の情報を「知っている人の数」と「客観的な有用性」で区分します。


すると、全部で四つの区分ができます。





うち、「知っている人の数が多い」情報に関しては、有用性の有無に関わらず「常識」と区分されます。



また、「人の数が少なく」て、「有用性」が高い情報は「専門知識」、「有用性」が低いものは「トリビア」となります。



ここで重要なのは、専門知識と常識の境目ではありません。トリビアと常識の境目です。




人は言います。




「そんなのも知らないの?こんなの常識じゃん!!」



しかし、この文脈で使われている常識が、上で区分した常識と同じであるとは決して限らないのです。



なぜなら、ここでの常識とはこれを使った彼(彼女)の主観によるものだからです。主観が入ってしまった以上、そこには「客観的な」有用性は生じません。



つまり、極端な話、彼(彼女)がその事実を「常識」と思い込んでいるだけかもしれないのです。



そう。あなたの使っている「常識」という言葉にはこのような裏事実が隠されているのです!!ですから、今後この用語を使うときには注意をしなければならないのです。
















ちなみに私は、倖田來未(コウダクミ)をこれまでずっと、




「タワラダ ミライ」と呼んでいました。




















・・・・無知の知っていいますし(要約すると、ただの恥)